第431話 魔術師リアムの上級編二日目のキス

 これは、どう考えても口づけではなかろうか。


 リアムは、自分の耳に唇を押し当てながら話す祐介に、大いに戸惑っていた。祐介が続ける。


「僕、今すごーく安心してるよ。サツキちゃんはしてないの?」

「も、勿論私だってだなっ」


 またもや首筋がぞわぞわしてしまい、リアムはとりあえず逃げようとし、祐介を振り返った。そして後悔した。こんな近くにいるのだ、当然のことながら顔が近くなることは予想出来る筈だった。


 唇と唇が、一瞬掠った。


「あ」


 瞬間、祐介がものの見事に真っ赤になってしまった。リアムの心臓もそれはもうバックバクいっているので、きっと似た様なものに違いない。


「……キスしちゃった」


 祐介が呟いた。真っ赤になったまま。


「ゆっ祐介が近いからっ」


 そして今も近い。祐介よ、そろそろ離してはくれないか。もう心臓がもたなくなるかもしれぬ。


「だってまさか振り返るとは思ってもなくて、あは、あはは」

「それはだな! 祐介が私の耳にっ」

「ぞくぞくしてたよね」


 祐介が火照った顔をして笑った。リアムは慌てて祐介の口に手を当て、後ろに押す。


「そういうことを口にするでないっ恥ずかしいではないか!」

「あは、ごめん」


 祐介が笑いながら、祐介の口に当てられた手を掴んで取ってしまった。そして、首を傾げた。


「でもこれって本当に初めてかな……何か僕、夢で見た様な」

「なななななな何のことだ祐介っ祐介はあれだ、眠りが深いたちだからなっ夢でも見たのであろう!」

「滅茶苦茶動揺してるけど大丈夫?」

「こ、これは武者震いだ!」

「……何に?」


 しまった。言葉の選択を完全に間違えた。リアムは大いに慌てた。目があっちへとそっちへと泳ぎまくり、もうどうしたらいいものやら完全に分からなくなり、とりあえず逃げようという選択肢しかもう残っていなかった。


 力一杯、祐介の拘束から出ようとジタバタ足掻くが、祐介は一向に離さない。


「ゆ、祐介! とりあえず一旦だな、ここは距離を置いて冷静に状況を判断するべきかと!」

「逃げなくてもいいでしょ」

「いや! 冷静な判断というものはだな、俯瞰ふかんして見るからこそ分かることであってな!」

「俯瞰」

「そう、俯瞰だ! 分かってくれたか、祐介!」

「言いたいことは分かるよ」


 リアムが必死で逃げ出そうとしているというのに、祐介はにこにこして拘束を解かない。


「分かるのならっ」

「だってまだ答えてもらってないし」

「何をだっ」

「僕の夢の内容、知ってるっぽくない?」


 リアムはぎくりとした。恐る恐る祐介を振り返ると、祐介は実に楽しそうににっこりと笑っている。


「僕、何とは言ってないんだけど」

「よ!」

「よ?」

「予測をしたのだ! 私は天才魔術師だからな! これまでの状況証拠から構築し結論付けるのは得意なのだ!」

「ふーん。じゃあ武者震いって、何に?」

「そっそれは……!」


 祐介がリアムの首にそっと触れた。


「ちゃんとしたいの?」

「へ?」


 間抜けな声が出た。


「ちゃんとしたキスをしたいの?」

「ゆ、ゆ、ゆ」

「うん? 何?」


 祐介は懸命に笑いを堪えている。こやつ!


「馬鹿者が!!」


 リアムは、真っ赤になって半泣きになりながら、怒鳴った。

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