第383話 魔術師リアムの上級編初日の朝食

 興奮してリアムを一向に離そうとしない祐介を何とか宥めすかしてみたが、それでも首を横に振るだけで離してくれない。そこでリアムは、腹が減ったから故郷の美味い物が頭に浮かんでしまったのを忘れたのか、と告げると、今度は大急ぎでリアムの手を引っ張って食事処へと連れて行ってしまった。極端な奴である。


 席に案内されるや否や、リアムを引っ張ってトレイの上に皿を置くと、リアムが好きそうな物をどんどん乗せていく。更にどんどん乗せていく。乗せ過ぎである。


「こら祐介、皿からはみ出ているではないか。いくらなんでも盛り過ぎだ」

「いいからサツキちゃんはいっぱい食べて!」


 トレイをリアムの席の前に置くと、「座って食べてて! 今すぐ!」と言い残し、飲み物を取りに行ってしまった。その怒った様な焦った様な後ろ姿を見て、リアムは何だか可笑しくなってしまい、一人だというのについ声を出して笑ってしまった。そして、思った。


 祐介の未来も大事だが、今こうして一緒にいてひたすらリアムの心配をしてくれている祐介と過ごすことも大事だ、と。ずっと悶々と考えていたことなど、些末なことではないかと思えてくるのだから不思議だ。


 祐介がトレイにお茶を乗せて戻ってくる。


「あ! 食べてない!」


 リアムは笑いながら箸を手に取った。


「分かった分かった。ちゃんと食べるから、祐介の食事も取りに行ってくれ」

「とりあえず口に入れてよ」


 祐介は譲らない。その様が可愛くて可愛くて、リアムは微笑みながらウインナーを半分口に入れた。その様子を見てようやく安堵の表情を見せた祐介が、「いってくる」と言って再び去っていった。列に並んでいる間も、リアムがちゃんと食べているのかを確認する為か、何度も目が合った。


 違う。リアムははたと気付いた。視線というのは、片方が見ていても合うものではない。つまりは、リアムがずっと祐介を目で追っていたのだ。だから時折確認の為に祐介がこちらを見る度に目が合うのだ。


 ぱくり、と焼き魚を口に放り込み、白米も口に含む。今気が付いた事実に我ながら呆れ返り、思わず視線を下げた。どれだけ祐介を見ているのだ。もう四十路も過ぎた男が、まだ若い男にこれ程に夢中になるとは。


 だが、今リアムはうら若き女性だ。


 そして、祐介には引力があった。つい目で追ってしまう。つい一緒にいたくなる。ずっと一緒にいても苦にはならぬ。そしてリアムが離れようとすると、お前の居場所はここだと言わんばかりに碇を手繰り寄せんばかりに引き戻してくる。


 どうしたらここにいてくれるんだ。確かに言われた。


 それは一体どういう意味なのだろうか。本当に傍にいて欲しいと思っているのだろうか? それともただ単に面倒を見ている内に情が移っただけであろうか。


「ただいま。食べてる?」

「ちゃんと食べているぞ。かなり量が多いがな」

「いっぱい食べてね」

「分かった分かった」


 祐介が近くに戻ると、ほっとする。そして、性懲りもなく願うのだ。


 ずっと一緒にいたいと。

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