第360話 OLサツキの中級編四日目の昼飯

 ユラが支度を終え、見慣れた法衣を身に纏った姿で現れた。首からはロザリオっぽい代物を掛けているが、十字架とはちょっと違う様だ。それはそうだろう、この世界でもイエス・キリストが十字架を背負っていたら怖い。


「そのネックレスってどういう意味があるの?」

「これか?」


 ユラがロザリオを持ち上げた。


「これは神の鉄槌を意味してるらしいぞ。よくは知らねえけど」

「さすがへっぽこ僧侶」

「サツキのへっぽこは優しいからいいけどさ、でもそれ褒められてんのか貶されてんのか分かんねえよ」

「へっぽこ具合を誉めました」

「……胸の谷間に指を」

「ごめんなさい言い過ぎました」


 ユラは実はサツキには怒らない。それが分かってしまったから、もうユラのことは怖くはなかった。あの急に手を出そうとするあれだけはさすがに怖かったが、怖いは怖いでも恐怖の怖いではなく、未知の世界に対する畏怖の様なものだ。


「それじゃ、帰って今度はサツキの支度だな」

「うん、お願いします」


 外に出て家の鍵を掛けると、ユラはサツキの腰に手を回した。


「うわっちょっとちょっと!」

「うわ、は酷くねえか?」


 ユラが不貞腐れるが、免疫がなさ過ぎるサツキにとって、腰に手を回された状態で道を歩くなどあり得ない出来事だ。


「いや、無理! 無理無理!」

「何だよ、手を繋ぐと嫌がるからこっちにしてやったのに」

「何で上からなの」

「当然だ、俺は先生だからな」


 ああ言えばこう言う。サツキは口が達者ではない。かなりパーティーメンバーとは打ち解けたが、やはり皆がしている様な口論のスピードでは咄嗟に言葉が出てこない。それが悔しかった。そしてユラは離す気はないらしかった。本当にこいつは誰でもいいらしい。


「あ、昼飯は何にしようか? 簡単なのでいいよな?」


 そういえば忘れていた。外で食べよう、とユラが言っていた筈だ。サツキは左の腰に置かれた手の存在をなるべく忘れようとしつつ、答えた。


「買って帰ろうよ」

「何で」

「何でも」


 万が一こんな姿をアールに見られたらどうするつもりなんだろうか。それか、嫉妬してもらいたいが為にこんなことをしてるのかもしれないな、とサツキは思った。だけど今日はきっとアールの面倒はウルスラが見ている。忘れ物をしない様に支度してあげるなんてお母さんか、と思ったが、毎回忘れ物をしているので確かにアールには誰かついていてあげた方がいいだろう。


 そのウルスラだ。多分ウルスラは、まだリアムのことがいいなと思っているんだと思う。彼女が見ているのはリアムだ。それは感じた。ユラとサツキがこんな風にしている所をもし見られたら、一体どう思うのか。今はサツキ本来の姿ではあっても、怒る可能性はあった。


 隣のユラを見上げた。サツキの姿だとかなりの身長差があるので、真っ先に目に入るのは色の白い首と顎下だ。


 この人は、すぐにウルスラと喧嘩をする。そして、喧嘩出来る程仲がいい、と言うじゃないか。


 自分だけ、まだ全然追いついていない。


 そんな気がして、悲しくなった。

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