第359話 魔術師リアムの中級編五日目の夕飯前、リアムの語り再開まではもう少し

 祐介の髪は、ボサボサになった。


「何故だ……!」


 祐介は、洗面所の鏡で自分の姿を見てひと通り笑った後、水で濡らして直してきた。


「家だったら折角だしこれでいたかったけど、まだ食事もあるしね」


 そして凹むリアムの前に背を向けて座ると、


「はい、どうぞ」


 と言った。嗅いでいいぞということらしい。しかし改めてそう言われると恥ずかしさが先に立つ。きっとこの性格の所為で、今まで女性と長続きしなかったに違いない。


 いけリアム! 男だリアム! お前なら出来る!


 リアムは自分を鼓舞した。抱きつく相手も男だが、この際それは関係ない。


「では」


 祐介の肩に両手を置いた。さてこの先どういくか。祐介のうなじをこんな近くで見るのは初めてだ。というか、本当に触ってもいいのか? いいのか祐介?


 リアムは再度気合いを入れた。もうやるしか道はない。心の中で、よし! と言った。


 祐介の首に腕を恐る恐る回した。サツキは小さい。従って腕も短い。そして祐介は何気にがっちりしている。つまり、祐介がやるようには腕が回らない。


 これはいかん! 約束を違えてはならない!


 リアムは腕を回す為、胸を押しつけた。よし、肘を掴めた。すると、祐介が「うわっ」と言った。どうしたのだろうか。


「……サツキちゃん、まさかノーブラですか」

「如何にも」

「いや、まさかそうだとは思わず……」

「風呂の後に着用などもうしたくはないのだ」

「のだって……全く」


 祐介が仕方ないなあ、といった風に笑った。


 リアムは祐介の頭に鼻を付けて、匂いを嗅ぐ。シャンプーの匂いが微かにするが、それよりも汗の匂いの方が強かった。もう散々嗅いだ祐介の匂いだ。


「確かに頭の匂いはいいものだな」


 確かに落ち着く。そして同時に愛おしさが溢れ出てきた。


「でしょ? だから言ったじゃない。もうこれ日課だもんね、僕」

「……好きだ」

「……え」


 祐介がゆっくりと振り返る。しまった、何が、の部分がすっぽり抜けていた。リアムは慌てて訂正をした。


「いや、この、頭の匂いを嗅ぐというのがだな、好きかもしれんということでなっ」


 あはは、とわざとらしい笑いをしつつ、腕を外そうと緩めた。すると、祐介がリアムの腕を掴んで引き留めた。


 その顔は駄目だ。卑怯だ。そんないつくしむ様な目でこんな距離で見られたら、心臓が爆発してしまう。


「ゆ、祐介……」


 囁く様な声しか、出なかった。


 どうしよう、祐介の顔がどんどん近付いてくる。これはさすがに拙いのではないか、早まるな祐介、お前には未来がある。


 そう言いたかったが、言えなかった。


 唇と唇が触れるまで、あと僅か。もう、逃げられない。リアムが心臓をバクバクさせながら覚悟したその時。


「山岸様〜! お食事のお支度に参りました〜!」


 中居さんの声が入り口からした。


 は、と止まった祐介が、悪戯っ子の様に笑うと、リアムの鼻の上に小さくキスを残して、リアムの腕を離した。


「はーい! どうぞ!」


 リアムは、何が起きたか分からず混乱し。


 へたへたと尻を畳に付けた。

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