第354話 OLサツキの中級編四日目の買い出し

 街を行くサツキの右手にはユラ。左手にはラム。歩きにくいことこの上ない。


 これはユラがラムとみみっちい喧嘩をしたことによるものだ。というか、何でユラは当たり前の様にサツキの手を握っているんだろう。


 春祭りの日は、見つかりにくくする魔法を掛けるからと言って腕に掴まっていたが、その犯人はウルスラが捕まえてくれた。だからもう心配する必要もない。


「あのー、ユラ、手を離しませんか」

「何で?」


 何言ってんだこいつとでも言いたそうな顔で、短い返事が返ってきた。


「その、両手塞がってると歩きにくいし」

「じゃあラムを離せばいいだろ」

 

 横で、ラムがユラを睨んだ。


「アールとウルスラに見られたら、ほら」

「そんなに気になるなら、じゃあ見かけたら離すよ」


 交渉は決裂した。素直に言えたならよかった。これ以上こんなことされると、好きが止まらなくなるからやめて、と。勿論、そんなことは口が裂けても言えない。


 ユラはズンズン先へ進む。ギルドがある広間まで行くと、マルシェをぐるっと周り反対側へ出た。


「この辺りだな。とりあえず一番大きい店に入ってみるか」


 ユラが指差した店は、確かに他の店よりも一回り大きい店構えだった。防具を身につけたマネキンがずらっと並んでおり、まるでどこかの博物館に来たかの様だ。


 店の中に入ると、ユラがようやく手を離した。通路が狭すぎるのだ。その狭い通路に感謝をしたサツキは、こんなものに感謝する日がくるなんて、と愕然とした。


 防具を眺めてはぶつくさ言っている、ユラのスッキリとした、だが柔らかそうな筋肉が付いた背中を見つめる。


 サツキの世界にいたままだったら、こんなアイドル級のイケメンと手を繋いで買い物に行く機会なんてきっと一生訪れなかった筈だ。


 唯一周りでイケメンと呼んで差し支えがなかったのは、隣家の山岸祐介だったが、あの人は何を考えているか全く読めなくて、サツキは苦手だった。作られた笑顔の影に、一体どんな思いがあったのか。これまで散々人の悪意や欲望をぶつけられてきたサツキにとって、全く読めない人は怖かった。


 でも、と思う。もしかしてリアム、あの人と一緒にいたりして? と。山岸祐介は、何だかんだで羽田とサツキが二人にならない様にだろう、あの日も遅くまで残っていた。サツキが帰ると、僕ももう終わるからと言って笑って帰り支度をしていた。


 一緒に帰った訳ではない。だけど、きっとサツキが気にしていなかっただけで、あの時後ろにいたのではないか。とすると、サツキを助けて今リアムといるのは。


 そう考えると、愉快でもあり虚しくもあった。

サツキは怖がるばかりで、誰とも距離を縮めることが出来なかった。でもリアムならそれが出来る。


 今目の前にいるこの人みたいに強引に来る人じゃないと、サツキは逃げ切ってしまうから。


「サツキ、これなんかどう……」


 ユラがサツキを振り返ると、何も言わずに近寄ってくると、サツキの頭を引き寄せた。


「どうして泣くんだよ……」


 涙なんて出てないのに、ユラが苦しそうに言った。

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