第355話 魔術師リアムの中級編五日目の夕飯前の続き

 休んでいる間に、目の前の白いもやが取れた。


「もう大丈夫だ。済まない。部屋へと戻ろうか」

「貧血なところに温泉入ったからのぼせちゃったのかな? ほら、腕を掴んで」


 心配性の祐介がリアムが立ち上がるのを手伝う。立ち上がっても、もうクラリとはしなかった。本当に疲れもあるのかもしれない。そもそもがあまり体力のなさそうなサツキの身体である、元々のリアムの体力で考え動き続けてしまい、疲れが溜まったのだろう。リアムとサツキでは明らかに体力の差がある。これまで若さでなんとかなっていただけなのかもしれなかった。反省である。


 白いもやが晴れた瞬間、先程何かの符丁なのではないかとぞっとした思いなど霧散してしまった。現金なものだ。そもそもリアムは魔術師である。魔術とは必ずやそこにことわりが存在し、それを分析、理解した上で自己の魔力との相性を見ながら慣れ親しんでいくものである。予言や占い、ましてや直感だけの世界など、本来リアムの生き様とは相反するものだ。それを信じそうになってしまったなど、魔術師としては落第点を食らってしまう。


 落第点、で思い出した。


「祐介、私は今まで魔術師として長年やってきたが、実は引き取られた時分は魔法など使えなくてな」

「え? そうなの?」


 ゆっくりと、祐介に少し体重を預けながら廊下を進んでいく。少し毛足の長い絨毯がふかふかして気持ちいい。


「そもそも、私に魔力があるというのも、家でおかしな現象が起きたことで師が調査に訪れたことで判明したのだ」

「え? お師匠さん、調査も引き受けてたの?」


 リアムは祐介を見上げるとおどけた風に笑ってみせた。


「師はなんせ新し物好きでな、くだらない物を買い込んではすぐに金がなくなる。なので、小遣い稼ぎにギルドから受けた依頼の一つが私のいた村が出した依頼だったのだ」


 リアムは語り始めた。この話は、今まで誰にもしたことがなかった。そこまで進んでする話でもない気がして、何となく避けてきたのだ。何故この話を祐介にしようと思ったのか。


 多分、祐介に自分のことを知ってもらいたいのだ。


「その現象って?」

「村は小さな村でな、大した産業もない。私の家は貧乏子沢山な羊飼いの家で、私は兄弟の年長者だったので、羊の放牧は私の担当だった。合間合間に枯れ枝を拾って、薪用にしたりして、十歳ながらかなりいい筋肉がついていたと我ながら思うぞ」

「筋肉自慢……」

「まあそれは置いておこう。何がきっかけだったかはよく分からん。覚えてもいないが、ある日を堺に、あちこちが歪む様になったのだ」

「歪む?」


 祐介が首を傾げる。これだけでは分からないだろう。リアムは詳しく説明することにした。


「たとえば、溶ける筈のない木がでろでろに溶けていたり、壁に溶けた様な穴が空いていたりした」

「なかなか怖いね」

「そうだな、私も正直怖かったが、弟たちが怖がるので強がっていた記憶がある。だが段々その範囲が広がってきてな、とうとう村長がギルドに依頼を出したのだ。金がないので、特産物を報酬にしてな」

「現物支給」

「正に。そしてそれに惹かれた師がある日やってきた」


 リアムはふう、と息を吐いた。丁度部屋の前に着いたところだった。

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