第337話 魔術師リアムの中級編五日目、宿に向かう
宿のある駅に着く直前で、祐介がリアムを起こしてくれた。一瞬だと思ったが、知らない間に寝ていたらしい。
無人の改札を出ると、祐介は普段よりもゆっくりとした足取りでリアムと並んで歩いた。寝て少しマシになったリアムだったが、それでも祐介に気を使わせてしまっているらしい。
「済まぬ、私が温泉に来たいと言っておきながら申し訳ない」
「ムシムシしてるしね、昨日の今日だし、朝も大騒ぎだったし、仕方ないよ」
「祐介は本当に私に甘いな。このままだと私は我儘な人間になってしまうぞ」
思わずリアムが笑みをこぼすと、祐介が頷いた。
「この旅行は、サツキちゃんを甘やかしますから」
「何だ、その宣言は」
「だってさ、サツキちゃんずっと大変だったでしょ」
「へ?」
軽い上り坂を、祐介がリアムの手を引っ張って連れて行ってくれていた。
「こっちに来て、訳もわからず色んな事を詰め込んで、覚えたと思ったらあの人が大騒ぎし始めて、会社も訳が分からないだろうに段々さらっとこなしていくしさ、しかも社長に啖呵切っちゃって格好いいし」
最後の方は大変だったこととはちょっと違う気がしたが、リアムは流すことにした。
「やっと週末だ! て思ったらまあたあの人が来て大暴れしてさ、休む暇なんかどこにもなかったじゃない。なんかサツキちゃん見てると、走りっぱなしっていうか、いつか息切れしそうに思えちゃって」
だから、と祐介が微笑んだ。
「今日はサツキちゃんがゆっくり出来るのを一番に考えようかなって。ま、それに便乗して僕もダラダラしちゃうつもりだけど」
「祐介……」
思わず涙ぐみそうになる様な、思いやりが詰まった言葉だった。この気持ちを何と言い表わせばいいのだろうか。嬉しい、だろうか? 確かに嬉しいが、ただ嬉しいだけではなく、祐介の心遣いにジンとする。いや、ちょっと違う。
ふと、思いついた言葉があった。だがそれを口にしてしまうとあらぬ誤解を受けかねない。リアムはあくまで祐介の人間性についてそう思っただけであり、きっとそれ以上でも以下でもないに違いない筈だ。だからここのところ祐介が近くに寄ると心臓がドクドクいったりするのはきっと疲れからに違いないだろうし、祐介と手を繋がないと少し足りないものを感じるのも、きっとこれは慣習によるものだろう。
でも、リアムがその言葉を口にしたら、祐介はどういった反応を見せるのだろうか。少しだけ興味が湧いた。魔術師にとって探究心とは切っても切れぬ仲である。
なので、リアムはつい興味があって、言ってしまった。
「私は祐介のそういうところが好きだぞ」
だが、一向に何の返答も返ってこない。聞こえていなかったのだろうか? それか、大したことはないとあしらわれたのか。いや祐介に限ってそんなことは。
リアムがそう思いながら、隣の祐介をそっと伺うと。
手を繋いでいない方の手で口を押さえている祐介の顔が、赤いスライムの様に真っ赤になっていたのだった。
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