第336話 OLサツキの中級編四日目の羞恥の涙

 サツキの羞恥の我慢の限界が訪れ片目から涙を思わずぽろりと流した瞬間、ユラは明らかに喜んだ。顔は相変わらずのポーカーフェィスだが、目を細めて口角がほんの少しだけ上がるのをサツキは見逃さなかった。頬が紅潮している様に見えるのも、恐らく間違いなくこれは喜んでいるからだ。


 ユラはサツキの涙の跡を眺めながら、ブルッと身体を震わせ、それから今度は満面の笑みに変わった。サツキはユラが何故人の涙を見て喜んでいるのかも分からないし、そんなに笑えるのかも理解出来なかった。やっぱりこの人、変人だ。


 すると、ユラがサツキの耳元で囁いた。


「堪んねえ……」


 絶対おかしい、この人。サツキは一歩、今度こそユラから離れようと思ったが、やっぱり二の腕を掴む手を離しては貰えなかった。


「ユラ、いい加減離して」

「やだ。離したら逃げるだろ」

「逃げないから」

「嘘だ。逃げる気満々じゃねえか」

「だって、ユラが」

「俺がなに?」


 おっさんリアムに絡むイケメンの図。はたから見たら、その二人の会話の内容がこんなのだとは思うまい。


「い、意地悪するから」


 絞り出す様に言った。するとユラは意外そうな顔になると、また薄く笑って指でスッとサツキの頬についた涙を掬った。この人のこういう仕草の一つ一つがキザなのだが、さまになってしまうのが腹が立つ。


「意地悪なんてしてない」

「してるじゃない。今だって、泣いたのを見て喜んで……」

「そりゃあ違うよサツキ」

「え?」


 ユラが反対側の壁を見ている二人がこちらを見ていないのを確認すると、更に小さな声で、だが実に楽しそうにのたまった。


「恥ずかしくて泣いてるサツキがすっげー色っぽくて、思わずゾクッてしちまったんだよ」


 サツキの口がぱかっと開いた。何言ってるんだろうこの人。理解不能、という単語が脳裏をテロップの様に延々と流れていった。


「だから別にいじめて泣かせたから喜んだ訳じゃなくて、羞恥に泣く姿を見て堪んねえって思っただけだ」

「私、男だけど」

「うん、まあそういう意見もあるのは事実だ」

「はい?」


 言っている意味が分からない。でも、とユラが嬉々として続けた。


「俺はどっちだっていい。エロいな、と思ったからそう言ったまでだ」

「どっちでもいい……」


 物凄い発言が飛び出てきた。するとユラがまたまた笑う。この人、こんなに笑う人だっただろうか。


「言っただろ? 抱くなら女の方がいいはいいけど、現在進行中で男もいいなと思ってるって」


 もう、聞くなら今しかない! サツキは同じく小声で、だがはっきりと尋ねた。滅茶苦茶真剣な顔で。


「ゆ……ユラの好きな人って、もしかしてアールじゃない?」


 ユラがポカンとした後、暫く考え込んでから、にやっとして言った。


「さあどうかな」

「だから悩んで色々血迷ってるんでしょ?」

「俺血迷ってるか?」

「血迷ってるでしょ?」

「……サツキって本当、斜め左下行くよな……」

「どっちなの?」

「教えねえ」

「けち」

「先生に向かってなんて口聞くんだよ。教えねえぞ」

「自分で勉強するもん」

「あ、やっぱ今のなし、ごめん」


 笑いながら、即座に謝ったユラだった。

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