第327話 魔術師リアムの中級編五日目は温泉へ
支度を済ませた後、リアムと祐介は電車に乗って温泉地へと向かっていた。これまで地下鉄、しかも一駅の区間しか電車に乗ったことのないリアムは、車窓から見える景色に大興奮していた。
「サツキちゃん、これは特急っていう種類の電車で、いつも乗ってる電車よりも運賃が高い分、席も指定で座れるし速いんだ」
と、祐介が説明をしてくれた。窓の外に現れる街の向こうに、大きな山が見えた。
「祐介、あれは」
リアムが指を差すと、祐介が言った。
「よくぞ聞いてくれました。あれは日本の名所、富士山でございます」
「富士山……」
「うん、日本一高い山だよ。日本人の心と言っても過言ではないね」
「はは、祐介は日本の心を沢山知っているのだな」
味噌然り、ワカメ然り豆腐然り。日本人とは色々な物を持っているらしい。そしてふと自然と繋がれている手に気が付いた。まさかこの特急なる電車の中に羽田がいる訳もないだろうが、昨日飲み会に向かう際に互いに感じた違和感を思い出し、これについては言及するのを止めた。何というか、男同士だと思わなければ別に特別不都合はないのだ。
少しずつ、そう少しずつではあるが、リアムの中ではリアムは男であるべき、という意識が薄れていっているのが分かった。
リアムは隣に座ってこれから行く宿の詳細を楽しそうにスマホで確認している祐介を横目でみた。そう、恐らくその大きな原因は祐介だ。祐介はリアムが女性である様に接する。勿論会社のその他の者もそうなのだが、祐介のは他の人間とは違い、こう言っては何だが、慈しむ様な、大切に守られている様なそんな感覚だった。
男とはこうあるべきだ、強くなければならない、他者を守れる様にならなければ、とリアムはずっと思って生きていた。だが、この居心地のよさはどうだろう。これまで寄りかかる者などいなかったリアムにとって、祐介の隣は温かく、出来ればずっと一緒にいたかった。
でも祐介には未来がある。だからいずれ離れなければ、そう思っていたが、今朝、そういえば「ずっと一緒にいる」と祐介に言われたことを不意に思い出した。思い出して、顔が火照った。
あれは一体、どういう意味であろうか。聞きたい。聞いてみたいが、恐ろしくて聞けなかった。一体祐介はどういうつもりなのだろうか? この身体は確かにサツキという女の身体で今はリアムの身体となっているが、だがしかし、いやいやいや。
リアムが祐介を見ていると、視線に気付いた祐介がリアムを見てにっこりと笑った。
「なに、じっと見て」
「いや、その、いや何でもない」
「怪しいな」
「怪しくはない! ただそのちょっと、祐介の傷が残ってないかを見ていたのだ!」
咄嗟についた嘘だった。すると祐介が鼻を押さえ、また笑った。
「もう大丈夫だよ。サツキちゃん完璧だから安心して」
「そ、そうか、ならよかった」
リアムはそう言うと、また窓の外に視線を移した。
何故素直に聞けないのか。それはリアムにも謎だった。
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