第301話 魔術師リアムの中級編五日目の波乱

「祐介!!」


 リアムが玄関を飛び出すと、目に飛び込んできたのは鼻血で白いTシャツが血まみれになっている祐介と、目が座った状態でふらふらとしながら祐介の胸ぐらを掴んでいる羽田の姿だった。


 ゾワッと、全身に鳥肌が立った。


「サツキちゃん! 家に戻って!」


 あんな状態だというのに祐介はリアムのことを優先する。何というお人好しだ! リアムは人差し指を羽田に向けた。何かいい呪文がないか。サツキのこの身体では初級魔法しか唱えられず、しかも効力は弱い。何か、殺さず且つ動きを止められる様な呪文が。


 羽田が、リアムの身体を上から下まで舐める様に見つめると、下卑た笑いを無精髭の生えた弛んだ顔に浮かべた。


「やっぱりいい身体してるねえ、サツキちゃーん」


 しまった。ノーブラに黒とはいえTシャツ、更には下は長めの裾で隠れてはいるものの腿もほぼむき出しの状態だった。がしかし、後には引けない。


 ゆらりとこちらに身体を向けた羽田が、祐介を掴んでいた手を離した。明らかに酔っ払っている。また朝まで飲んでいたのか。そのままその勢いでここに来たのか。どこからその執念が湧いてくるのか、このサツキに何故そこまでこの男は拘るのだろう。


 昨日久住社長から聞いた話から分かったのは、この男が久住社長への恨みを原動力としていることだ。この男は、愛しい人が理不尽に奪われたことを未だに許していないのだ。もうこの男は関係がないというのに。夫婦となった以上、そこに羽田が入る隙はどこにもないというのに。


 だからこそ余計不可解だった。この男にあるのは社長夫人の麗子へのよこしまな、だが果てしなく純粋な恋慕だ。そこに、サツキという女が入る余地はこの男の心にはなかった筈だ。恐らくそれは今も同じなのではないか。すると、サツキにつきまといを繰り返していたのには何か理由がある筈だ。


 一歩、羽田がリアムに近付いた。祐介がそれを見て羽田を背中から羽交い締めにするが、羽田の方が背は低くても脂肪が多い分力がある。しかも遠慮というものが一切ない。羽田を掴んでいた祐介の腕を無理やり引き剥がすと、腕を掴んだまま壁に投げつけた。ガン! と物凄い音がした。


「うあっ!」

「祐介っ!!」

 

 駆け寄りたいが、羽田がいて祐介の元に行けない。ああ、何か思い出せ! ここのところ中級や上級魔法ばかり使っていて、初級魔法を咄嗟に思い出せない自分が歯痒かった。


 羽田が更に一歩近付いて来るので、思わずリアムは後ろに下がった。羽田の視線がリアムの足の付け根辺りを見ているのが分かった。おぞましい以外の何物でもなかった。


「山岸が先に奪っちゃったんだなあ……」

「ゆ、祐介が何だ」


 すると羽田がニヤリと顔を上げた。


「なにサツキちゃん、祐介なんて呼んでるの? 初々しいねえ」


 一息挟んで、怒鳴った。


「俺の誘いはいつもいつも嫌そうな顔をして断りやがった癖によおおお!!」


 羽田の声が、朝の住宅街に鳴り響いた。

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