第253話 魔術師リアムの中級編四日目の朝

 暫くして祐介はしゃっきりと目が覚めたのか、少し照れくさそうな顔をしつつ離れていった。


「ごめん、何か変な夢見ちゃって、はは」

「祐介……気にするな、そういう時はある」

「ううん、しかもまたしがみついて寝ちゃったみたいで、本当にごめんなさい」

「しかし祐介は本当に一旦寝ると起きぬな」

「そうなの?」

「そうだぞ」


 自覚がないものなのだろうか。でも本人は寝ているのだ、そうなのかもしれないなとリアムは納得する。


 祐介は立ち上がってバタバタと支度を始めた。


「ごめん、急いで支度するから、その後一緒にサツキちゃんちに行こう」

「羽田はこの時間はいないのではないか?」

「あの人は読めないから」

「まあなあ……仕事もしているのかしていないのかよく分からんし」

「本当に。ちゃんと数字取ってるのかなあ……」


 祐介が首を傾げつつ夜着を脱ぎ始めたので、リアムは毛布と枕を避けてベッドをソファーに戻し、その上に畳んだそれらを置いた。


「こそばゆい……」

「ん? 何か言ったか?」

「いえ、何も言ってません」

「どうも祐介は独り言が多いな。自覚はあるのか?」

「ないといえば嘘になるかも」

「困ったものだ」

「まあ聞かせたいってのも」

「うん?」

「何でもありません」


 そうこう言っている内に祐介はスーツをあっという間に着ている。ネクタイを締めると、何だか急に大人の男といった雰囲気である。


「私の世界ではそういったかっちりとした服装はなかったが、なかなかに見栄えのいいものだな」

「それって褒めてる?」

「褒めているぞ」

「やった」


 喜び方が少々子供っぽいが、最後に髪の毛を整髪料で後ろに流すと、一気に男らしくなった。


「おお、精悍でいいぞ祐介」


 昨日間違った褒め方をしてしまったので、今日は間違わない様にしていきたい。すると意外だったのか、祐介が驚いた顔をした。


「どうしたのサツキちゃん」

「どうしたの、とは失礼だな。折角人が褒めているのに」

「いや、昨日は身体を褒められてさすがに驚いたからさ」

「いい身体ではないか」

「いやまあそう言ってもらえるのは嬉しいけどね」


 そうこう言っている間に祐介の支度は完了だ。化粧がない分男性は早い。少し羨ましかった。


「働く男、といった感じでいいのではないか?」

「はは、今日はいっぱい褒めてくれる日みたいで嬉しいな」


 それは祐介があまりにも怯えていたからだ、とはさすがに言えなかったが、せめて褒められることで少しでも元気になってもらえたら。リアムはそう思ったのだ。


「スーツ姿なら惚れる?」

「はは、私が女子おなごだったら間違いないな」

「何言ってんの、サツキちゃん女じゃない」

「あ」


 祐介の口元が緩んだ。


「自覚が足りないね。まだまだ」

「うむ……まだまだ慣れぬ」

「ま、ゆっくりゆっくり」

「苦労をかけるな、祐介」


 祐介が玄関の外を確認し、いいぞと頷いてみせた。


「全然。朝からいいこと言われたし」

「そうか? それはよかった」


 リアムと祐介は、サツキの家に移動すると急ぎ支度を始めるのだった。

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