第252話 OLサツキの中級編三日目の帰宅

 マグノリアの迷いは、弟子のリアムの一言で消え去った。「魔術師の本分は研究じゃないのか」との言葉だったという。マグノリアは自分のその悩みが研究とは全く別の悩みであることに気付かされ、そして元恋人の代わりに弟子に変身することにしたのだった。


「リアム、やるな……」


 この時はまだそこそこ幼い頃だろうに、迷う師匠に意見を述べるなど絶対サツキには出来ない芸当だ。子供の頃から随分としっかりとした子だったのだろう。パーティーの皆が頼りにしていたと聞いたが、さもありなんだ。


 サツキはサツキの世界で暮らすリアムに思いを馳せる。会社の皆は、それまでろくに反論などしてこなかったサツキがある日突然理論立てて反論する様になったらどう思うのだろう。電車に接触しなかったところを見ると、誰かがサツキを助けてくれたに違いないし、であればそうなっている可能性は十分にある。それは想像すると何とも愉快だった。


 本に意識を戻した。


 禁忌魔法のアルテラを唱えたマグノリアは、少しの後リアムに元のマグノリアの姿に戻された。その実験結果として、最後にこう綴っている。『アルテラで弟子の姿となった途端、弟子の記憶が全て自分のものとなった。即座に元の姿に戻されたものの、自分が自分であるという認識がなかったこと、自分の姿に戻った際、二人分の記憶が自身に宿ったことを鑑み、人は人一人分の記憶だけを保持していかねば何が正しかったのかを誤認しかねない。そういった意味でもこのアルテラは禁忌とすべき魔法なのだろう』と。


 言っては何だが、マグノリアにしてはあまりにも真っ当過ぎる考察で逆にびっくりしてしまった。つまりこの人は地頭はいいのだが、ついノリがよすぎて調子に乗ってしまうタイプの人間だが、この時は本当に拙いと思ったのに違いない。


 この本は、これで終わりだった。後は始めに読んだ呪文の部分と、後ろに筆者著書のリストが並ぶ。サツキは本を閉じると、本棚に戻し、他のマグノリアの魔導書の背表紙を眺めた。これから中級魔法、上級魔法と覚えて行きたいが、それとは別に、サツキの世界にいるリアムとコンタクトを取れる魔法のことも調べたかったのだ。


 サツキは出来ればもう戻りたくない。この世界で、悪意のないパーティーの仲間達と切磋琢磨しつつ、穏やかに暮らしていきたい。でもそれはリアムの身体を奪ってでも成し遂げたいものではない。リアムがこちらに戻りたい、自分の身体に戻りたいとそう切に願うのであれば、サツキにそれを断る権利はない。


 だから、リアムの意思を確かめたかった。いや、確かめなければならない、サツキはそう決意した。

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