第159話 魔術師リアムの中級編初日、出勤完了
早い時間なので比較的空いている、という祐介の言葉に疑いを持ちつつ祐介と密着しながら電車に揺られていたリアムは、「たったの一駅だし」という祐介の言葉にクラクラしながら祐介に促されるまま次の駅のホームに降り立った。
「何故あの様に人がぎゅうぎゅうなのだ……」
「あんなの序の口だよ。九時ぎりぎりの電車に乗ると、足浮く位混んでるから毎日早く行こうね」
「足が浮く……?」
「サツキちゃん背が低いから、息出来ないかも」
ははは、と笑う祐介が歴戦の猛者に見えた。
「さ、こっちだよ」
「うむ」
この先はリアムにとって未知の世界だ。祐介が引く手がここまで心強く思えるとは驚きだった。さり気なくその広い背中でぶつかって行く人の波から守ってくれているのも、ああ、これが気遣いというものなのだと
思えば魔術師リアムに、他者に対するこういった気遣いはあっただろうか。思い返してみたが、思い当たることは悲しいことに何一つなかった。リアムはただ己に強くあれと願い、他者もそうであろうと思い込んでいた。リアムは自分が魔法もろくに使えない、ストーカーに追われても抵抗する
ただ自分が強ければいい訳ではなかったのだ。魔法も何も使えないこの広い背中の持ち主は、本当の強さがどういったものなのかその行動を通してリアムに伝えてくれている。
「完敗だ、祐介」
「え? なに、どうしたの? 何が?」
「何でもない」
「そう? あ、あそこの階段を登ります」
祐介に半ば引っ張られる形で階段を登っていく。やはりこのパンプスという代物は不安定で仕方ない。
「で、すぐあそこのあの黒っぽいビルの三階と四階がうちの会社です」
祐介が指し示したのは、十階建ての建物だった。あまり大きな建物ではない。
「社長がミーハー……えーと見栄っ張りだから、ビルも比較的新しくて内装も綺麗です」
「ほお」
祐介に誘われるまま、駅の横にあるカフェという店に入った。珈琲なる黒い飲み物とトーストなるものに挑戦したリアムは、顔を輝かせた。
「珈琲のこの苦味、堪らなく旨かった」
「お、気に入った? ならうちにコーヒーメーカー買っちゃおうかな」
「祐介、散財は良くないぞ」
「だって毎日飲めるよ」
「う……」
「ちょっといい豆買ってさ、毎日家で一緒に飲める生活、最高じゃない?」
「ま、まあ悪くはないかもな」
「じゃあ決まり。今度一緒に見に行こうね」
祐介はご機嫌だ。くい、と残りの珈琲を飲み干すと、リアムの分も一緒に片付けてくれた。祐介が残念そうに言う。
「会社の中では手を繋げないね」
「そうか」
「くれぐれも一人にならない様にね」
「分かった」
祐介は心配性なのだ。
二人はエレベーターに乗り込み、祐介が3のボタンを押した。おお、箱が動いている。チン、と音を立ててドアが開いた。
「よおし、じゃあ行きますか」
「宜しく頼む」
祐介が、名残惜しそうにリアムの手を離した。
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