第99話 魔術師リアム、初級編二日目の夕日

 すでに当たり前となりつつある祐介と手を繋いでの帰路は、空を覆う濃い赤い色がとても綺麗だった。


「あれはね、茜色って言うんだよ」

「茜色……祐介は物知りだな」

「サツキちゃんは覚えが早いから、すぐ覚えるよ」


 そういえば、祐介はリアムのことを頑なにサツキと呼んでいる。リアムが魔術師の男であることは理解している筈だが、何故だろうか。


「なあ祐介」

「ん?」

「……いや、何でもない」


 本当の名前で呼んでくれなど、どんな顔をして言えばいいのか分からなかった。女の身体に入り、段々馴染んできて、それでも意識はリアムのままで。このまま一生サツキの身体で過ごすのならば、いい加減どこかで女としての自覚を持たねばなるまい。


 サツキはまだ若い。運転免許証によると、祐介よりふたつ下の二十四歳。これから伴侶を見つけ、結婚をし、子供をもうけるつもりだった筈だ。その機会を、リアムが奪った。あちらのリアムは四十代に足を踏み入れたところ。金には困らないだろうが、果たしてサツキはリアムの環境に満足しているのだろうか。いや、きっと今のリアムと同様、戸惑うことだらけだろう。


 だから、代わりに聞いた。


「祐介」

「どうしたの、さっきから」


 祐介の声は優しい。この優しさも、本来だったらサツキ本人が受け取るべきものだったのではないか、そう思えてきた。


「私は、サツキのこの身体でどこまでなら許されるのだろうか」

「え? どういうこと?」

「例えば、人を好きになっていいのだろうか。伴侶は? 子供はどうだ? これはサツキの身体だ、私の意思でサツキが望んでいなかった未来を引き寄せて、果たしてそれは許されるのだろうか」

「……サツキちゃんの中身は、リアムの本体の方なんでしょ?」

「うむ。恐らく。そんな感覚がある」

「今のサツキちゃんはさ、サツキちゃんの中身がリアムの身体で何かやってて嫌ってことってあるの?」


 祐介にそう聞かれて、初めてそれについて何も考えていなかったことに気が付いた。


「いや……ない。むしろ申し訳なさしかない」

「じゃあさ、サツキちゃんの中身も一緒かもよ」

「祐介……」


 それに、と祐介が続ける。


「悪いけど、今のサツキちゃんじゃないと僕は助ける気は起きなかったと思う」

「え?」


 それは、どういう意味であろうか。


「だからさ、リアムなサツキちゃんが、思うままに生きたらいいと思うよ。困ったことあったらさ、僕も隣にいるんだし。――ねえ」

「ん?」


 祐介の顔からは笑顔が消えていた。


「もしかして、帰りたいとか思ってるの?」

「それは……」


 祐介の目は、何だか悲しそうだ。


「正直、分からない。あちらでの私は、常に孤独だった」

「うん」

「家族もおらず、恋人もおらず、魔術を極めモンスターを倒す日々だった」

「……うん」

「今は色んなことが分からなくて大変だが、祐介がいるから正直楽しい」


 口から出てた。そうか、そうだったのだ、と今更自分で納得する。


「じゃあさ、帰らないでよ」


 祐介が、言った。

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