第72話 OLサツキの初級編初日は終了

 棘兎の丸焼きを山分けし、ミント梨なるどぎつい色の果物をデザートに食べ、あとはひたすら宴会が続いた。


 アールは酒が弱いのか、ユラが渡した新調されたベッドに丸くなって寝てしまった。とりあえずこいつさえ寝てくれれば大丈夫だろう。サツキはほっとした。


 ベッドは、巨大な繭に足が付いた様な形をしていた。


「中の素材のレベルを上げたんだ」


 ユラは散々飲んだというのに白い顔のままだ。


「どれどれ? おおー! やるじゃないユラ! あんたこういうのはいいの選ぶわよねー」


 ウルスラは顔が赤くなってはいるが、ご機嫌で元気だ。


「さー、そろそろ寝ないとお肌に響くわー」

「賛成。俺の肌は武器のひとつだからな」

「うっわーこれだからイケメンって」

「褒めてる様にしか聞こえない」

「言ってなさい。……ねえサツキ、さっきから何調べてるの?」


 そう、サツキは先程からずっと魔導書を調べていたのだ。


「バリアみたいな呪文がないか調べてるの」

「あー、こいつら何か知らないけどサツキ狙ってるもんねえ」


 そうなのだ。リアムの姿だから間違いはないとは思うが、ユラはともかくアールは馬鹿だ。今は寝てるからいいが、もしアールがサツキよりも先に起きたら。考えるだけで怖かった。


 ウルスラがポーズを取る。


「こーんな美女が近くにいるってのに、何でサツキサツキなのよー」

「胸がでかいからな」


 ユラが即答した。今ここでフレイムの呪文を唱えたらどうなるだろうか。ウルスラは許してくれそうな気がした。


 サツキが杖をユラに向ける。


「フレ……」

「わー! ごめん! ふざけ過ぎた!」


 サツキは杖を下ろした。ユラにはこれで暫くはいけそうだった。そして、魔法という武器を手にし、今まで無抵抗だった自分と今の自分との違いに驚いた。身を守る手段があるというのは、ここまで人を変えるのか。


「サツキ、そしたら私とベッドをくっつけてバリアーラの呪文をかけてよー」

「それがバリアの呪文?」

「そう。ユラが寝惚けたら嫌だし」

「けっ誰がこんなゴリラ女」

「……あんた、前回人の布団に潜り込もうとした記憶を消し去ろうとしてない?」

「あれはあれだ、幻だ」

「これよ……」


 ウルスラが溜息をついた。とにかく呪文が判明したなら問題はない。


「じゃあそろそろ寝ようか? 冗談抜きに、魔力回復には睡眠が重要だから、リアムと俺はよく寝ないと次の日に響くぞ」

「あんた大して何もしてないじゃない」

「ふん、明日の俺に期待だ」

「じゃあユラ、おやすみなさい」

「ちょっとリアムまで無視かよお」

「さ、寝よ寝よ」

「うん」


 ベッドをくっつけてバリアーラの呪文を唱えると、サア、と光のカーテンが二人を覆った。


 ベッドに横になると、柔らかな綿の様なふわふわが身体を包んだ。


 これはいい。サツキが目を閉じると、睡魔は一瞬でサツキを眠りへといざなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る