第50話 OLサツキが知る事実

 アールがずりずりと暗い一角から這い出してきた。手はサツキの手を両手で握り締めたままだ。ユラも薄暗い箇所を潜ると、顔を見せた。驚いた様にサツキを見つめている。頬に残るのは涙の跡だろうか。


 どうもあのブラインド不可視化という呪文の範囲は、場所に固定されるもので人に固定させるものではないらしい。


「アール? ちょっと、手を離して」

「君の名を聞いてからだ」


 やたらと作りのいい顔面をずい、と近付けて、アールがぐいぐい来る。はつらつとした笑顔が可愛いと思っていたが、今は目が爛々として怖い。


「わ、私リアムだよ、リアム」


 サツキの名は言いたくなかった。言わない方がいい気がした。狙われているという感覚は、サツキはこれまでの経験上よく知っているものだったからだ。


「え? リアム? 嘘だ!」


 途端、頭を抱えてがく! と膝をついた。やはりこいつは馬鹿だ。


 山岸祐介なウルスラが、憐れみの目でそんなアールを見下ろす。


「騒がれるのが嫌だから、イルミナの魔法で変身したのよ」

「え、その口調は……ウルスラ?」

「他に誰がいるのよ」


 ユラがまじまじとサツキを見る。ユラも背が高いから、威圧感を感じた。リアムの身体の時は何も思わなかったのに。綺麗なさらさらの金髪が揺れ切れ長の瞳も格好いいのだが、目線は明らかに胸にある。ユラ、あんたもか。


「リアム、これ一体誰? この街にこんな顔の子いたっけ? イルミナって知ってる人じゃないと変身出来ないでしょ」

「あー、えーとその……」


 どうしよう。この二人に事情を話しても何も起こらないだろうか。サツキが助けを求めウルスラを探すと。


「これはサツキっていうの。リアムに入ってる異世界人の本来の姿よ」


 ぺらっと喋られてしまった。おいおい、ちょっと待て、と思ったが勿論そんなつっこみは出来る訳もなく。


「え? リアムに入ってるって……あ! もしかして死者蘇生の時から!?」


 ユラは気付いた様だ。アールもようやくショックから立ち直ったのか、ユラに並びサツキを見下ろす。


「あの、えーとその」


 何とか別の話題に。こいつらの視線は明らかに獲物を狙う目だ。危険近付くな、サツキの中の何かが激しく警告を繰り返していた。


「あ、アールとユラは何であんなに暗い所にいたの?」

「ぐおっ響く!」


 アールが再び膝をついた。ユラは俯き、自嘲気味にふっと笑った。


「昨夜、女の子達に囲まれながら、俺達はどの子と夜を過ごそうかと考えていた」


 最低な発言だが、そのまま聞き流すことにした。


「すると一人が冒険話を聞きたいと言ってきたので、俺達は素直に誇張することなく語った」


 ユラがぽろりと涙を流す。


「そしたら、『何だ活躍してんのリアムさんとウルスラさんだけじゃん、だっさ』と言うと、蜘蛛の子を散らす様に彼女達は去った」


 どうしようもなく阿呆な事実を語られたサツキとウルスラは、目を見合わすと互いに小さく首を横に振ったのだった。

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