第9話 魔術師リアム、家に向かう

「一旦降りてから話そう、ね?」

「――よかろう」


 ひく、と頬を引き攣らせ、ヤマギシユウスケがリアムの肩を抱いたまま暫し無言になった。リアムは箱の外に視線を移す。空洞かと思っていた穴にはよく見ると硝子がはまっている。一体どんな技術を用いればこの様な凹凸のない硝子板が作れるのだろうか。


 間違いなくこの世界はリアムのいた世界ではなかった。


 その硝子板に反射し写り込んでいる人間がいた。ヤマギシユウスケと、奴に肩を支えられているこの女は。


 リアムはまじまじとその女の顔を凝視した。やたらと目が大きい。ヤマギシユウスケと同様少しのっぺりとした顔をしている。化粧っ気はなく、目の下には見えにくい反射した姿からも分かるクマ。唇は小さく薄く、鼻も小さい。髪はシンプルに後ろに一つでまとめられており、まだかなり若そうだというのにかなりくたびれた印象を持った。


 身体全体は予想通り細く儚げだ。だが身体の中心にあるのは、自己主張の激しい胸部。アンバランスにも程があろう。その胸の大きさに合わせた為だろうか、上半身に着用している服はサイズが合っておらず、それが更にアンバランスさを演出している。腰の辺りを見てみると、臀部はすっとしている。本当に胸だけなのだ。


 筋力がない所為で姿勢も前傾気味。これでは満足に戦えまい。


 リアムがあれこれ考えあぐねていると、突然硝子板の向こう側から明かりが差し込んできた。何という光量だ。


 やがて箱がスピードを落とし停まると、ヤマギシユウスケがリアムの肩から手を離したが、代わりにリアムの手をぎゅっと握って引っ張り始めた。


「おい」

「また飛び込まれたら嫌だし」

「飛び込んではいない」

「飛び込みそうになったでしょ?」

「……勝手にしろ」

「そうします」


 ヤマギシユウスケの顔に笑顔が浮かんだ。笑うと随分と幼く見える。


「お前、年は幾つだ?」


 すると、ヤマギシユウスケが歩を止めた。笑みが消えていた。


「……どうした?」


 リアムが尋ねると、ヤマギシユウスケがはは、と苦笑した。ころころとよく表情が変わる男だ。


「本当に分からないんだ?」


 まだ疑っていたらしい。リアムは深く頷き、周りを見渡した。


「ここは私がいた場所とはあまりにも違いすぎる。恐らくだが、ドラゴンに焼かれた衝撃でこの身体の持ち主と中身が入れ替わってしまったのだろう。――あちらの私はすでに焼かれている筈だ。回復の術が間に合っていればいいが、こんな年若い女子おなごが、憐れな……」


 ヤマギシユウスケが、突然リアムの頭をぽん、と撫でた。リアムはそれを退ける。


女子おなごに気安く触れてはいけないぞ、ヤマギシユウスケ」

「――僕は、二十六歳だよ。祐介でいい」

「それが名か?」


 祐介が頷いた。山岸というのは、さすれば姓か。


「もう十時になっちゃうよ。ねえ、お腹空かない?」


 祐介がにっこりと笑いかけてきた。

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