第2話 OLサツキの場合
もう、疲れ果てた。
サツキが勤務する商社は中小企業だがその中でも小の部類に入る小さな会社だ。
ワンマン社長に社長夫人兼経理の奥様、営業は外部から引き抜かれたり縁故採用だったりで八名。総務兼人事兼社長秘書で奥様以外は知ってる社長の愛人が一名。事務はお局様とサツキの二人だけで、父の紹介でなかったらもう今すぐにでも辞めたい劣悪な人間関係の会社だった。
お局様がいい人だったら、まだここまで辛くはなかったかもしれない。だがそろそろアラフォーと呼ばれる域に片足を突っ込んだ彼女は、営業達のサツキへの接し方と自分のそれに差があることがどうしても許せないらしく、日を追うごとにサツキへの当たりがキツくなっていく。
それが原因だと分からないのか。
そう言いたいのは山々だったが、サツキは考えを言葉にするのが苦手だった。
所謂、人の顔色をひたすら伺う子。学校ではカースト上位女子の金魚の糞にすらなれず、一人体育館倉庫の前で弁当を掻っ込んでいたタイプだ。
短大に行っても何となく会話する友人は出来たものの結局はその子の引き立て役。隣で笑って彼女を褒めるのがサツキの役目だった。
そんなサツキが就職活動でハキハキと面接出来る訳もなく、見兼ねた父が紹介してくれたのがこの会社という訳だ。
駅のホームでサツキは電車の到着を待つ。地下鉄の線路の奥は暗くて、何か恐ろしい物でも潜んでいそうだったが、サツキはその闇に安堵を覚えていた。
暗闇の中ならば誰もサツキを構わない。皆が大人しいサツキをやたらと構うのは、サツキの中で唯一主張の激しい胸の所為に違いなかった。
俯くと自分の胸が真っ先に目に入る。足の指は辛うじて見えるが、時折階段を踏み外しそうになる。そしてなにより、肩が凝る。
暗闇ならば、誰もこの胸に注目しない。世界が暗闇に包まれてしまえばいいのに、そう思える程度にはサツキはこの取り外せない主張の強すぎる胸に嫌気が差していた。
生まれ変わったら、男になりたい。
転生もののラノベは最近よく目にするが、大体が性は同じままだ。ハーレムを作ったりチート能力が備わったりと、うはうはな設定が盛り沢山。
だが、サツキは願った。
ただのおっさんでいい。胸のない男になりたい、と。
その願いは叶うことはないだろうことは理解していた。だから、これは出来心だ。
車に跳ねられたりすると、よく転生している。だったら自分も、もしかしてなんて少し思って。
暗闇の奥から電車の灯りが差し込む。
一歩、足が前に出る。
そして意識は急激に現実に引き戻されたが、時すでに遅し。
「やだ……! 死にたくないよ!」
目前に迫る電車を運転する運転手と、目が合った。
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