第3話 魔術師リアムが来た場所は
ぐい! と手首を掴まれ引き寄せられた先は固い胸板だった。
背後を、猛烈な勢いで通り過ぎる轟音と風圧。
先程リアムを襲ったドラゴンの炎は、一体どこへ消え失せたのか。リアムは自分がいる場所の把握の為、いつの間にか閉じていた目を開ける。
これはどういった技術だろうか、着ているサラサラの服には細かい幾何学的な直線が何本も引かれている。信じられないきめの細かさだ。
そして不可解な感触。リアムは自分を見下ろした。
明らかに付いていてはおかしな物が、自分の胸部に付着していた。それが目の前にいる自分をきつく抱き締めたまま一向に離そうとしない男の胸に押し付けられていて、痛い。
「くっ……!」
息苦しくなり出た声は、それまで聞き続けた、慣れしたしんだ自分の声ではなかった。
「な……何が起きている!?」
それは、か細い女の声だった。どうも腹筋が足りないらしく、いつもの腹から出される声が出せない。
これはリアムの身体ではない。
その事実に気付くと、リアムはこの胸の大きな女の身体を未だ掴んで離さない目の前の男を見上げた。
きちんと剃られた顎髭。スッキリとした顎から耳にかけての輪郭は、日頃身体を鍛えて歯を食いしばっているのだろうか、引き締まっている。
顔をみてみると、これはどういった表情なのだろうか、口は真一文字に結ばれているが今にも緩みそうになっている。
リアムの周りにはいなかった、少しのっぺりとした顔をしているが、配置は拙くはない。それなりに
男の視線が、リアムが入っている身体の胸部に注がれるのが分かった。
「成程」
思わず口を突いて出た。これだけ密着しているのだ、それは顔も思わずにやけてしまうだろう。
背後の不思議な箱は、プシュー、と音を立てると扉を開き、中から人々を吐き出した。リアムと男を邪魔そうに避けて、人々が今リアムが立つ場所へ降り立つと歩を進めどこかへと足早に立ち去っていく。
「おい、お前」
男が驚いた様な顔をした。
リアムは肘を使って男の胸を押すと、男を見上げ睨みつけた。
「どうも状況をみる限りあの箱に潰されるのを助けられた様だが、お前は一体何者だ? 何故私を助けた?」
パーティーの仲間でもないのに、やられそうになっている者を助けるなど初心者のやることだ。少ない依頼を取り合う状況で他者を救うなど愚の骨頂。若しくはどこかの世間知らずの坊ちゃんか。
「え……? サツキちゃん、何言ってるの?」
男の目が泳いでいる。そうか、この身体の持ち主はサツキというらしい。
しかしリアムはドラゴン討伐の最中だ。ウルスラの声がしたということは、あの危険な場所にウルスラもいたということだ。
今すぐ戻らなければ。
「悪いが私は戻る」
進むべきは恐らくあの箱が通ってきた暗い穴の奥だろう。
「えっちょっちょっと待って!」
ガ! と手首を掴まれ、振り解こうとしたがリアムは力負けしてしまいそれを振り解くことが叶わなかった。
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