06話.[真っ直ぐな言葉]
「竜平、ちょっといいか?」
「ん? 珍しいな」
「いやいや、珍しいのは家にずっといる竜平だろ?」
これはまた真っ直ぐな言葉だった。
今日は雨ということもあって久しぶりに出る気がなくなっていたのだ。
「あ、それで?」
「ちょっと買い物に行きたいから手伝ってくれ」
「別にいいけど」
車に乗れる機会というのは中々ないから寧ろよかった。
あれからずっとすっきりしていないし、気分転換にもなるだろう。
……姉が後部座席に座っていなければ、だが。
「で、なにを買いたいんだ?」
それも気になるがこちらも気になるから聞いてみる。
「響子が別で暮らし始めたからな、響子の部屋を改造しようと思ってるんだよ」
「え、それは問題だろ」
「なんでだ?」
「だって戻ってきたくても場所がなかったら悲しいだろ」
別に裏切ったとかそういうことではないんだから必要ないと思う。
なんかそれには納得できないから改造するなら俺の部屋にしろと言っておいた。
正直に言って自分の部屋なんかいらないからだ。
父は微妙な顔をしていたがそれについてはうんともすんとも言わなかった。
「なんであんなことを言ったの?」
「だって姉貴は悪いことをしたわけじゃないんだからな」
両親に追い出されたわけでもない。
いつかは帰りたくなるときがあるかもしれないからやはり部屋は残しておくべきだろう。
「でも、あなたのお部屋が……」
「いいんだよ、あの家でだって床で寝てたろ? あ、というか今日はなんでいるんだ?」
「お母さんやお父さんに会いたかったのよ、ずっと寂しかったから」
「はは、それなら両親も嬉しいだろうな、母さんなんかずっと娘が出て行っちゃって寂しいって言っていたからさ」
相談とかもせずにとにかく自分の買いたい物を買っている父は放って姉とペットを見ていた。
俺は猫も犬も鳥も亀も魚も普通に好きだから見ているだけで癒やされる。
最近は本当にごちゃごちゃしていたから俺に必要だったのはこういう力だったと気づいた。
「岩佐はどうだ? 緊張していたりするのか?」
「そうね、まだまだ慣れないみたい」
「まあ当たり前だよな、姉貴とだってろくに過ごしたことがないんだから」
冷蔵庫を開けたりすることや、風呂に入るときだって気にしてしまうはずだ。
唯一完全に休まるのは寝るときだろうか。
もっとも、寝室で寝かせていたとしたらそれも落ち着かなくなる原因になってしまうが。
「つかよく許可したよな」
「こう言うのは正しくないかもしれないけれど簡単だったわよ?」
「大切な娘のはずなんだけどな、母さんなら絶対に文句を言うところだろ」
俺は結局仲が悪いということしか知らないから実際は最悪なのかもしれなかった。
だからやっぱり力になれない以上はそういう情報を得る必要はないと思うんだ。
動ける人間だけが聞いてやればいい。
期待させてはならない、まあ、期待なんかそもそもされていないだろうが……。
「でも、楽しくやってほしいと考えたのかもしれないわよ? 莉菜ちゃんはなるべくお家にはいないようにしていたみたいだから、その、親の立場としては――なんて、あくまで私がそう考えているだけでしかないわよね」
「相手の両親の心情はともかく姉貴は岩佐のために動けたわけだからな、間違いなく岩佐からは感謝されているはずだよ」
「そう……かしら」
「ああ、だから本人がいたいと言っている内は姉貴らしく対応してやってくれ」
当たり前のように話せていることに少し不思議な気持ちになった。
俺が過去に引っ張られ続けているだけだからこれで当たり前なのかもしれない。
本当に情けない人間だ、中身が全く成長していない。
こう考えるのも何度目だろうか。
「おーい、アイスでも食って次の店に行こうぜ」
「ええ」
「おう」
って、他の店にも行くのかと困惑。
姉はどこか楽しそうだったから悪いことではないのかもしれない。
「おいおい、せっかく久しぶりに響子と話せるかと思ったのに連れて行くなよ」
「いまからは独占すればいい」
俺は車に戻って休憩しておくことにした。
何気に気になっているのは岩佐から全く連絡がこないことだ。
やはり満たされてしまったのか、冷静になって気づけただけなのか。
なんにもないというのもそれはそれで悲しいからな。
「私もここにいるわ」
「えぇ、娘が可愛くない……」
「少し竜平と話がしたいのよ」
「……まあ仕方がないか、それなら行ってくるよ」
ああ、本気でしゅんとして少し可哀想なぐらいだ。
父からすれば姉は本当に可愛い存在だろうから付き合ってあげてほしかったがな。
俺となんていつでも会えるわけなんだしさ。
「……本当は私はあなたと一緒にいたかったの」
「それはなんでだ? あ、いや、煽っているわけじゃなくて単純に聞いているだけだから」
「私があなたといたいからよ、それ以上でもそれ以下でもないわ」
あれだけ意地悪い行動ばかりをしていたのに一緒にいたいってありえないだろ。
そういう行為をして発散させたいから一緒にいたいとしか思えない。
殊勝な態度を心がけて俺が信用して動き始めたところで再発、ということになりかねないし。
「俺はそれを望んでないからな、だから海に行くのだって断ったんだ」
成長できていないのは俺の責任ではあるが、姉も理由を作ったのは確かだ。
俺がださいと片付けてくれればいいから距離感はいまのままにしてもらいたい。
この前真に言ったのと同じで納得できないなら去ればいいんだ。
すぐに実行できる環境が整っている。
愚痴でもなんでも岩佐に言って味方にでもすればいい。
「さっきも言ったように大学生活と岩佐や友達と仲良くするために集中すればいい」
またこういうことになってもあれだから歩いて帰ることにした。
車で来ているから結構遠いが、まあ、歩くことは好きだから問題ない。
今年よく分かったのは俺といる人間は頑固だということだ。
そうでもなければこんな面白みもない人間とはいられないかと苦笑する。
本当に外にいることが好きでよかったと思う。
外にいることで退屈さを感じるような人間だったらここまで普通に生きられていなかった。
「竜平先輩お久しぶりですっ」
「お、おう、久しぶり」
連絡がきたから外で待っていたらすぐに元気な彼女が現れた。
……正直嬉しいと思ってしまっているからなんだか恥ずかしい。
「課題を終わらせるまで会わないと決めていたんですっ、それで昨日ついに終わりましたっ」
「敬語になっているのはなんでだ?」
「あ、そういえばそうだったね、あはは……」
俺も後で困らないように終わらせてあるから気持ちは分かる。
「どうせなら余計なことを気にしないで楽しみたかったからね」
「あれ、だけど海には行ったんだろ?」
「ううん、あの後すぐに柚木ちゃんがまた今度って連絡してきたから」
まあでも彼女的には昼に行けた方がよさそうだからそれでよかったと思う。
今度こそ余計な人間を誘わずに楽しんできてほしい。
「あとねあとねっ、響子さんが凄く優しくしてくれるから毎日が幸せだよっ」
「それはよかったな」
いま出たふたりと喧嘩みたいになっているこちらとしては嫌な感じが内に広がるが。
悪いのは俺だと分かっていても俺なりに行動しているのになにも分かってくれないからな。
つか普通はこんな人間を誘わないんだよ。
岩佐は例外すぎるからこれが当たり前だと思ってはならない。
「あっ、本当に言いたかったことは他にあってね」
「どうした?」
「み、水着を買いに行きたいんだ、だから付き合って……ほしいかなって」
「……約束があるからな、ちょっと待ってろ」
色々と必要な物を持って再度戻ってきた。
だが、その前にしっかり水分を摂らせておく。
倒れられたら面倒くさいとかそういうのを抜きに嫌だし。
「ふぅ、冷たくて美味しいよ」
「冷蔵庫は毎日働いてくれているからな、よし、行くか」
「うんっ」
とはいえ、これもまたなにができるわけではないし、求められてもいないだろう。
だから俺はいつものように金魚のフンみたいに付いて行くだけでいい。
それに店内なら熱中症になる可能性もなくなるからその方がいい。
元気なのは結構だが普通に不安になるんだ。
「じゃ、俺はソファに座って待って、……られなさそうだなこれ」
「そうだよ、せっかくなら意見も聞かせてほしいし」
なるほど、真の好みだったら俺も知っているから答えられるな。
寧ろそこからは恐らく本人よりも真剣に選んでいた。
「岩佐、これなんかどうだ?」
「シンプルな感じだね?」
「ああ、男ならなんでも派手な感じがいいわけじゃないからな」
真であれば余計にそう。
昔、異性に告白されたときに派手だからという理由で断ったことがあった。
あ、もちろん言い方はもっと柔らかかったが、結局のところはそう言っているのと変わらないわけだから嘘ではない。
「あと、腹が隠れるようなやつの方がいいかもな、日焼けもしずらいだろ?」
「うーん、だけど結局覆っている部分以外が焼けちゃうだけだからね……」
日焼け止めを塗ったところで所詮そんな感じか。
昔の姉なんか塗ったうえで酷いことになっていたからそもそも女子は男子と比べて肌が弱いのかもしれない。
関わってこなかったからそんな当たり前のことも分かっていなかった。
「と、というかさ」
「ん?」
彼女は横髪をいじりつつなんか言いにくそうな感じだった。
それから前に進めないと判断したのか「……まさか一緒に選んでくれるとは思わなかったよ」とぶつけてきた。
「別に損するわけじゃないからな、それに仮にも先輩なわけだし協力してやりたくなるだろ」
「ん……? 協力?」
「ひとりだと水着を決めきれなさそうだったから誘ってきたんだろ?」
真のことを出すと柚木みたいに怒ってくるかもしれないから言わなかった。
俺だって一応学ぶ人間だ。
それに勝手に分かったような気になられても癪だろうから仕方がない。
「そ、そうそう、そうなんだよ」
「だろ? だからゆっくり選んできたらいい」
「うん、そうするね」
ひとりでうろうろしていたら怪しい奴だから岩佐の近くにいることにした。
もちろんなにかを言うことはもうしないし、彼女も真剣な顔で選び始めたから俺はただ待っているだけでいいから気楽だと言える。
「これにする」
「そうか、じゃあソファに座って待ってる」
「うん」
シンプルで可愛らしい感じの水着にしていたから真もきっと褒めてくれることだろう。
やっぱり柚木や姉といるときとは違って岩佐といるときはごちゃごちゃ考えなくて済むから普通に好きだ。
避けていないのはつまりそこに繋がっているわけで。
「お待たせ」
「よし、帰るか」
「え、まだよくない?」
「と言ってもどうするんだ?」
ここには幸い沢山の店があるが適当に見て回るのは微妙なはずだ。
女子的にはそういう行為が好きなのかもしれないが、そういう風に過ごすぐらいなら公園でゆっくり過ごしたいところ。
「あー!」
な、なんだなんだと見回してみたらその先で小さくうるさい人間を見つけた。
そのままずかずかとこちらにやって来て腕を掴んでくる。
そこは運動をしている人間ということもあって握力は普通に強かった。
「真先輩、さすがにここで大声を出すのは……」
「あ、確かに……」
「それに柚木ちゃんもいるんですし気をつけないと」
「そ、そうだね、気をつけるよ」
ふっ、後輩に注意されてたじたじになっている先輩というのも面白いな。
なんて、こういう風に考えておかないととてもじゃないがやっていられなかった。
やはりこの兄妹は楽しい雰囲気をぶち壊してくれる。
「でも、ここにいる大きいけど馬鹿な子が悪いと思わない?」
「そうですか? 私は元々課題を終わらせてから会おうと決めていたのでなにも不満はありませんが」
「僕としては普通に毎日いたかったわけだからね」
で、この兄妹が大人しく別行動なんて選ぶわけもなく。
当たり前のように四人で行動することになった。
こうなったら俺としては岩佐と並んでいたいわけだが、それを柚木が許さず、真が許さず。
「なんでまたこんなことしたの?」
「面倒くさいからだ、一緒にいたくないからだ、それ以外になにかあるか?」
あのときみたいの柚木みたいに怒って離れてくれればいい。
そうしたら岩佐も連れて行ってしまうかもしれないが、それならそれで仕方がない話だ。
俺はおまけだし、なにより岩佐のために動けないからな。
一緒にいるのが好きな相手だからこそ楽しく過ごしてほしいんだ。
「丁度いい機会だろ、もう俺に関わるのはやめた方がいい」
それでも岩佐との約束があるから途中で離脱はしなかった。
兄妹から嫌われても気にならないものの、岩佐からは嫌われたくないという気持ちがあった。
「関わるのをやめるならこれまで世話になったしなにか買うよ」
ふたりを追っているだけでなにも言わない。
まあ散々世話になっておきながらこれだから許せないのも分かる。
本来なら切る側だから切られそうになってむかつくというのも分かる。
だが、こっちだって我慢できることばかりじゃないんだ。
そもそも真があのとき余計なことを言わなければ……。
「海、いつ行きます?」
岩佐の元気さだけがいまの救いと言える。
「私は部活もないからいつでも大丈夫ですよ」
「僕は部活があるから日曜なら大丈夫かな」
「それなら今週の日曜日ですかね、響子さんもアルバイトがない日ですし」
どうしても岩佐、柚木、真、
岩佐とだけならともかく、俺にとって嫌な人間が三人もいるなら絶対に行かないと決めた。
「俺は――」
「竜平は行かないんだって、いや、それどころか僕らといたくないらしいよ」
「え……」
「面倒くさいから嫌なんだってさ、だから竜平以外のメンバーだけで行こうよ」
自分から口にしなくて済んでラッキーだと思った。
不安そうな顔で見てくる岩佐には悪かったが、行きたくないから仕方がないと思ってほしい。
兄妹には謝る必要はないので彼女にだけ謝罪をしてからこの場をあとにする。
「いらっしゃいませー」
「シュークリームをひとつお願いします」
甘い物はたまに食べるといい気持ちになれるからいい。
少なくとも自分が原因とはいえ苦い感じになった後なら尚更のことだ。
それを食べつつ歩いて帰り、珍しく家でゆっくりすることにした。
客間の床に寝転んで天井を見つめる。
「外にいられればそれで十分なんだよな」
寧ろ弱体化した形となる……か。
そう考えるとメリットもあればデメリットもあるんだなと。
いい点を無理やり挙げるとすれば我慢し続けることなくちゃんと言えたということだ。
いままであればなるべく波風立てないようにと行動しているところだったからこの進歩はかなり大きい。
「ただいまー」
今日は早い帰宅だった。
いつもは十五時ぐらいまで働いてくる人だから意外だ。
客間から出てみたらなんか物凄く驚いた顔をされてこちらが驚いたが。
「誰もいないと思っているところに大男が出てくると怖いね」
「怖くないだろ、母さんなんて俺の顔を見飽きるぐらい見ているんだからさ」
「そう? 竜平なんて家に全くいなかったからね」
たまにはと肩を揉むことにした。
なんとも言えない感じだったものの、本人的にはよさそうだったから特には聞かず。
「なにかあったんだね」
「は、はい?」
「分かるよ、私は竜平のお母さんだからね」
なにかがあったと言えるし、なにもなかったと言える。
自爆しただけとも言えるし、先か後かの話でしかないと言える。
俺が引き金を引かなくてもいずれはそうされていた。
高校を卒業すれば勤める会社も違うだろうから関わることはないだろうしな。
「ほら、言ってみなさい」
「その気持ちはありがたいけどなにもないよ、それより母さんは休んでくれ」
「ちぇ、不良息子……」
そんなことは言わないでほしい。
寧ろ不安にさせないでいいはずだから。
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