05話.[引っ張られすぎ]

「あ――」

「逃しませんから」

「逃げないから近づきすぎるのはやめてくれ」


 なんか物凄く懐かしい感じがした。

 普段と違うのはもう学校が終わっているということだろう。


「なんで急にあんなことをしたんですか」

「おいおい、一週間しかいなかったのに忘れたのか?」

「……私が敬語じゃないから避けられているのかと思ったんだから」

「はい? 俺は最初から敬語じゃなくていいって――あ、言ってなかったか」


 あれは考えただけで実際には言っていなかった。

 彼女も当たり前のように俺の前ではタメ口だったから気にならなかったしな。

 それにしても彼女に対してもこんなことをしなくてよかったんだ。

 何故なら真には申し訳ないから俺のところに来ていただけだし。

 少し弱ると途端に極端な思考をし始めるから駄目だなと片付ける。


「姉貴と微妙な状態になってな、それで極端な思考になってやってしまったんだ」

「ばか、それでどれだけ不安な気持ちになったか……」

「悪かった、なんでもひとつ言うことを聞くからそれで許してくれ」


 何故か彼女は固まり「な、なんでも?」と聞いてきた。

 一度口にしたからには変えるつもりはないが、痛いことや悪いことなどの要求は聞けないからそこだけはきちんと言っておく。


「……だったら夏休みも私が会いたいときに会ってほしい」

「そんなことでいいのか? 飽きた場合には無駄な願いになるんだぞ?」


 彼女は微妙そうな顔になって黙ってしまった。

 間違った、飽きるとか飽きないとか以前の問題だった。

 俺らは別に友達ではないし、なにより、


「まあそうだよな。所詮真と仲良くしたいから、真に迷惑をかけたくないからこっちに来ているだけなんだしな」


 これだ、これを忘れてはならない。

 俺は決して真のようにはなれないし、別になろうともしていない。

 羨ましく感じることは多々あるが、無理だからって八つ当たりをしたりはしない。

 まあなにが言いたいのかと言うと、相当な物好きでもない限り友達になろうとする人間すら現れることはないということだ。


「約束だからそれは守るよ」

「うん――あ、連絡先を交換……」

「まあそうだな、岩佐にばかり来てもらうのは違うからな」


 俺はそれを受け入れたんだからこちらからも動かなければならない。

 それに何度も言うが俺は外が好きだから苦ではない。

 暑いのも寒いのも得意だし、何時間だっていられるのだから。


「あ、あと……名前……」

「駄目だ、ひとつだけの約束だからな」

「……けち」


 柚木と違ってすぐに諦めてくれたのはいいところだった。

 本当にあの兄妹は頑固すぎて困るのだ。

 話しかけたことを後悔している面もあるぐらいには厄介な兄妹だった。


「この一週間はどうやって過ごしてたんだ?」

「竜平先輩みたいに色々な場所で過ごしてたよ、教室にいなくて済むならそれでいいわけだし」

「本当に無理なのか?」

「うん、無理かも」


 俺は全然無理ではないが教室から出てきている時点で説得力がない。

 悪口を言われているとかが本当であれば変に真に頼ったりするのも逆効果になりそうだ。

 昨日は真に頼ればいいとか考えたものの、媚を売っているとか言われている状態でそんなことをしたら結果は目に見えている。

 難しいな、だったらやっぱりこうやって出てきた方がいいかと片付けるしかなかった。


「まあ俺なら教室外にいるから来たかったらいつでも来ればいい」

「……それを期待して出てきていたのに会えなかったんだけど」

「それは悪かった、っと、そろそろ帰るか」

「うん、帰ろ」


 岩佐と出会ってから自分が喋りたがりだということが分かった。

 だから帰りもまるで友達みたいに会話をしながら歩いていたわけだが、


「あれ、帰らないのか?」


 ずっと付いてきていたから足を止めて聞いてみる。

 彼女は「ほら、私は家族と仲が悪いから」と説明してくれた。

 教室でもあれで、家でもあれだと面倒くさそうだ。

 もっとも、俺も家から現在進行系で逃げているようなものだからやはり説得力がない。


「今日は何時まで外にいるの?」

「二十一時ぐらいだな」

「えっ、退屈すぎて飽きるでしょそれっ」

「いや、飽きないぞ?」


 いつでも同じ感じではないからだ。

 通る車の数だってその日によって変わるし、人通りだって多かったり少なかったりする。

 それに雨だろうがなんだろうが外にいる身としては飽きる意味が分からなかった。


「じゃあ岩佐がいてくれるのかっていったら違うだろ?」

「あんまり遅くなると怒られるから」

「だろ? だからいいんだよ、迷惑をかけているわけじゃないしな」


 寧ろ電気代とかを考えたらいいはずだ。

 扇風機だって使用しないし、家にあまりいないのであれば余計にそうだ。

 無駄遣いだって滅多にしないからこの趣味は金も貯まっていいと思う。

 ただ周りからすればなんでそんなことを……となってしまうのかもしれない。

 この前の姉がそうだし、昨日の父や母もそれに該当している。

 俺としては許容してくれとしか言いようがないというのが現状だった。


「真先輩から聞いたけど響子さんは別で暮らしているんでしょ? それなのにまだ家に帰るのが嫌なの?」

「いまとなっては外にいるのが好きになっただけだよ」

「なんか贅沢だね」

「そうなのか……? ま、自由にやらせてもらっているからそうなのかもな」


 両親と喧嘩したことは全くない。

 色々と自由な人達だし、うるさく言ってこなかったからというのもある。

 まあその代わりに姉が俺にとって厳しかったわけだが……。

 それでももう姉は家にはいないから息苦しくなることもない。


「響子さんのお家で暮らせたらなー、なんて」

「それはどうだろうな」

「冗談だよ、そんなの無理――」

「いいわよ」


 いきなり現れた姉に彼女も驚いているようだった。

 いや、それだけではなくて許可を貰えたことに、だろうか?

 彼女の両親が許可してくれるかどうかは分からないが、もし住むことができれば無駄に外にいる必要はなくなるわけで。


「あなたのお父さんかお母さん、いまはいるの?」

「あ、はい、お母さんが……」

「それなら行きましょうか」


 最後にこちらを一度見てから姉は彼女の手を握って歩いていった。

 少しでもよくなるならそれでいいかと片付ける。

 安心して家に帰れるということならそれが一番だろう。

 俺みたいな人間でもない限り外に居続けるのは辛いだろうから。

 気温は普通に高いから涼しい場所にいたいだろうしな。


「竜平ー」

「お疲れさん、部活があって毎日大変だな」

「それでも自分が選んだことだからね、隣、座るよ」


 ごちゃごちゃ考えているとあっという間に三時間とか四時間が経過するからたまに怖い。

 あと、別に分かりやすい場所じゃないのに真とかは来すぎだ。


「そういえば響子さんのことだけどさ」

「姉貴がどうした?」


 いまはあまり聞きたくないことだった。

 終わりがあんな感じだから仕方がないと片付けてほしいぐらいで。


「なんか最近は元気がないみたいなんだよね」

「会っているのか?」

「うん、結構な頻度で」


 それなら岩佐が来てくれれば多少はマシになるだろう。

 なんならそれだけ一緒にいる真が一緒に住んでしまった方が力になるだろうが、異性だからそこまで上手くはいかないかと片付ける。

 それに変に巻き込まれても嫌だからこっちは聞いて少しだけ答えるぐらいでいい。


「真がいてくれたら姉貴的にも楽だろ、だから頼むわ」

「うん」

「あと、柚木のこともちゃんと見てやってくれ」


 真の気持ちはともかく柚木はそれを求めている。

 受験生という立場なら不安にもなるだろうし、相談にも乗ってやってほしい。


「大丈夫だよ、この前とか一緒に勉強をしたぐらいだし」

「そうか、それならいいんだ」


 今日のそれがどうなるかでこれからの生活が多少は変わる。

 岩佐にとってはいいことだろうからいい方に傾いてほしいとそう願った。




「竜平さんっ、海っ、海に行きましょうっ」


 珍しくベッドに寝転んでゆっくりしていたらいきなり現れた柚木がそう言ってきた。

 既に夏休みに入っているが真は相変わらず部活生活だから話にならない。


「真が休みになるまで待て」

「それだと夏休みが終わっちゃいますよっ」

「どうして今日はそんなハイテンションなんだよっ」

「いまなら莉菜さんも響子さんもいますからっ」

「それなら女子三人で行ってくればいいだろ?」


 そのメンバーなら尚更真がいなければ行きたくない。

 いくら外にいるのが好きとはいってもいま姉とは会いたくないから。

 だが、岩佐と違って頑固な柚木が言うことを聞くわけがないと。


「熱中症になられてもあれだから夕方からならどうだ?」

「竜平さんも来てくれるならそれでいいよ」

「ああ、それなら柚木が大好きな真も無理やり連れていけるからな」


 色々リードしてくれるから女子的にも満足できるだろう。

 問題があるとすれば岩佐が所謂そういう行動をした場合、柚木がどうなるのか分からないということだ。

 学校では迷惑をかけたくないということで行っていなかっただけだからな。

 自由になったいま、積極的に動き始めるかもしれないし。


「だ、だから大好きなんかじゃ……」

「とりあえずいまは帰れよ、こんなところにいても仕方がないだろ」

「む、ここで勉強をやりますから」

「じゃあリビングの方がいい、あっちはエアコンがあるからな」


 彼女達の家は常に全開だからここだと暑いだろう。

 そういう変化が体調の悪化を招くからちゃんと見ておいてやらないといけない。

 少なくとも俺の家とか俺といるときだけは、だが。


「ほら、麦茶だけどちゃんと飲んでくれ、倒れられたら嫌だからな」

「ありがとうございます。でも、竜平さんのそれは面倒くさいからですよね?」

「違うよ、単純に関わっている人間に倒れてほしくないだろ?」


 一緒にいるときだけは俺の責任だからというのもある。

 あー、だからやっぱり柚木の指摘は合っているのかもしれない。

 倒れたりなんかしたら真は絶対に責めてくるだろうからな。

 その理不尽さに負けてまた極端な選択をしてしまいそうだった。

 とにかく柚木は本当に勉強をし始めた。

 飲み物を飲んだり教科書をじっくり見たりシャーペンを一生懸命動かしたり。

 真の妹ということもあってまあ当たり前だよなって言えてしまうような感じだった。


「まだお昼ですね」

「そうだな」


 基本的に昼は食べないから作る気はなかった。

 食べたいということなら炒飯かオムライスなら作ってやれる。

 でも、特に言ってくることはなかったし、そう発言してからも集中して続けていたからなにも言わずに過ごしていた。


「いまさらですけど意外と莉菜さんといないんですね」

「それは当たり前だ、俺はおまけみたいな感じでしかないからな」

「おまけ、ですか?」

「ああ、学校でだって真の邪魔をしたくないってことで来ているわけだからな」


 俺が教室外で過ごすような人間じゃなかったら出会ってすらいない。

 そもそも岩佐が教室から逃げるような人間じゃなければ真のところに嬉々として行っていたことだろうし。

 別にそのことで悲しく思ったりはしない。

 それにいい人間だから岩佐になら利用されることになっても構わなかった。


「そういえばエアコンが苦手なんじゃ……」

「それこそいまさらだな、いいよ、柚木が涼しく過ごせているならそれでな」


 そのために当たりにくいところにいるから問題ない。

 あとは柚木も真がいなければこうして一緒に過ごすこともないから分かりやすくていい。

 非モテだからって勘違いしやすいとかそういうのはないからいいんだけどな。

 難点があるとすれば人と過ごすと時間の経過が遅く感じることだろうか。

 自分の近くに誰かがいるということは結構気になるもので。


「そういえばなんで俺を誘いに来たんだ?」

「なんでって……そんなの当たり前じゃないですか」

「当たり前なのか?」

「はぁ、竜平さんってそういうところがありますよね、そういうところはよくないところだと思いますけどね」


 なんかダメ出しをくらってしまった。

 いやだって普通そのメンバーなら女子プラス真、ぐらいでいいだろう。

 兄妹だから放っておけなかったというところか、本当に似ているな。


「そもそも私よりも接点が多いふたりがいるんですよ?」

「岩佐と姉貴か? どっちともろくに一緒にいないからな」


 岩佐に限って言えば一ヶ月も経過していない。

 それに俺の中では真に興味があるが行けていないだけというイメージがあるから、きっとこの先も変わることはない。

 別にそれで構わなかった。

 自由に外で過ごせるなら生涯なにとも縁がなくても構わない。


「……莉菜さんに誘われたときはすぐに言うことを聞いたって聞きましたけどね」

「あのときは真が無理だったからな、真がいるなら俺は必要ないだろ?」


 本当に一緒にいたい人間といられないから岩佐は来ているだけ。

 だから俺もそのときだけは普通に相手をする。

 連絡をしているのかどうかは知らないが、今日は真がいるからこう判断しているだけだ。


「水着とか着たりするのか?」

「海に行くならそうですよ」

「だったら見られたくないだろ? 俺だって目のやり場に困るだけだからいいんだよ」


 夕方からでも一時間ぐらいは楽しむことができるだろう。

 寧ろ夕方だということで人が多くなくてより楽しめそうだ。

 女子三人だけだと少し不安になるがそこは真がいるから心配はない。

 どうせ疲れているとか言っても柚木が無理やり連れて行くだろうから結局行けませんでした~みたいな展開にはならないはずで。


「それに姉貴に会いたくないんだ、だから悪いな」

「え、本気で来ないつもりですか?」

「ああ、別に岩佐とか姉貴から誘われたわけじゃないしな」


 あれがある以上岩佐から誘われたらどうにもならないがそれも現時点ではない。

 姉の家に住めているからなのか夏休みに入ってから顔も見ていないし、きっとこれからもそれは変わらない。

 いま頃冷静になってなんで交換してしまったのかと後悔している可能性もある。

 学校も無理、家も無理となったら落ち着かないだろうから責められることではないがな。


「柚木は真がいればいいだろ、だって好き――」

「冗談でもそういうことを言うのはやめてください」

「行かないから帰った方がいい、こんなところにいても時間の無駄だろ」

「も、もう知りませんからっ」


 なにをそんなにこだわっているのかという話だ。

 エアコンを消して床に寝転がる。

 つまらない人間が行ったところで空気を悪くして終わるだけでしかないのに。

 怖いとかなにを考えているのか分からないとか言われている人間が行ったところでいい方には変わらない。


「なんだかな」


 あの兄妹は色々なことに引っ張られすぎだ。

 薄情と言われたくないからなのかもしれないが、いい選択をできているとは言えない。

 とはいえ、悪いのは多分俺なんだろう。

 ……絡まれると面倒くさいから携帯とかを置いた状態で家を出た。

 絶対に来ないであろう場所まで歩いてそこでのんびりとする。

 この先も似たようなことが続くのであればやはりあのときの選択は間違っていなかったことになるわけだが。

 幸いなのは夏休みで上手く動けば顔を合わせなくて済むということと、前回みたいに岩佐を避ける必要がないからバレるリスクも下がる。

 夏祭りも一緒に行くとかそういうことはなかったから今年に限って、みたいなことにはならないはずだ。

 誘ってきたら岩佐には付き合うというスタイルにすれば今年の夏も楽しく過ごせると思う。

 そもそもあの状態の柚木が誘ってくるわけがない、ということを忘れてこんな遠いところまで来てしまった。

 留まることと同じぐらい歩くことも好きだからなんにも苦ではないが。


「よく分からない人間ばっかりだ」


 他者からしたら俺はそうでも俺はよく知っているからそこには含まれない。 

 とかなんとか吐いてないとごちゃごちゃしすぎていて仕方がなかった。

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