04話.[こういうところ]
「私から逃げていたって本当なの?」
床に寝転んでゆっくりしていたら姉が急にそう問いかけてきた。
それだけで真が余計なことを言ったことが分かった。
探りに来たどころか探られているというなんともアホな結果だ。
「ああ、俺は姉貴から逃げていたぞ、岩佐なんかよりもよっぽど苦手だからな」
「それはやっぱり……」
「ああ、それしかないだろ、俺は理由もなくそう感じたりしないよ」
別に出ていけと言うならいまからでも実家に帰る。
姉がいなくなれば家が嫌いというわけでもないから。
変わり始めても小さい頃の印象というのは変わらないのだ。
「高校生になってから急に遅くなることが増えたと思ったらそういうことだったのね」
「そうだな、帰れと言うなら帰るけど」
「気にしなくていいわ――と言っても、あなたが気になるのよね?」
「二十時まで外にいさせてくれれば別にいいよ」
もっとも、一緒に住むメリットなんてなにもないが。
姉は余計に金を消費するだけだし、本音を知ってしまったわけだから自分が原因とはいえ気持ちよく過ごすことができないだろう。
だから姉としてはここで追い出すのが一番だと言える。
元々昔から別の場所で暮らしたいと言っていたわけだからな。
「……それでいいから帰らないでほしいの」
「どうしてだ? 俺が嫌いだったから自由にしてきていたんじゃないのか?」
「そんなわけないじゃないっ」
「お、落ち着け」
「あ……ごめんなさい」
謝ることも増えたし、別人なんじゃないかとすら思えてくる感じだった。
逆にそれが更に引っかかる原因を作っているとは姉も思っていないだろうが。
「ちょっとコンビニに行ってくる」
「分かったわ」
正直に言って心臓が大暴れだった。
避けていた理由なんかを言ったら怒られると思った。
いまはよくてもまた再発すると考えていたから正直震えているぐらいだ。
「ふぅ」
コンビニ限定の飲み物を買った後、少し外でぼうっとしていた。
だが、現時点で二十時を過ぎているわけだから程々にして家に戻ることに。
そうしたら部屋内は真っ暗だったうえに風呂場も使われていなかった。
寝室に入るようなことはしないものの、疲れたかなんかでもう寝ているんだろうと片付ける。
風呂から出た後は電気も点けずに寝っ転がっていた。
どう考えても上手くいく感じがしない。
恐らくこのまま過ごしていてもお互いのためにならない。
でも、無理やり帰ったりしたらなにを言われるのかが分からないから動けないと。
「竜平」
「トイレか?」
「違うわ」
姉は横に座ると手を伸ばしてきた。
いやもう本当にこんな行為にもびくりとして情けない話だと思う。
「……きちんとお布団をかけて寝なさい」
「お、おう」
「おやすみなさい」
いつまでも引きずる俺も悪いが、姉がなんにも悪くないってことはないからな。
それが嫌ならいますぐにでも俺を実家に帰すべきだ。
それをしないのなら俺がこういう反応をしてしまっても許してほしい。
弱いとか情けないとか言われなくても自分が一番分かっている。
分かっているからこそ黙っていてほしかった。
とりあえず寝る気にはなれなかったから朝までベランダで過ごしていた。
高校に入学したときからの癖で朝食は摂らない、昼食は摂らないを続けているからそうしない内に制服を着て学校へ向かう。
「あれ、早いじゃん」
「真もな」
「僕はほら、朝練があるから」
「お疲れさん、真だけじゃないけど普通にすごいよ」
高校でも部活をやろうなんてとてもじゃないが思えなかった。
簡単に時間をつぶせるとは知っていてもだ。
「竜平もやればよかったのに、運動神経だっていいんだからさ」
「俺は駄目だろ、そもそもコミュニケーションを取れないからな」
それに運動神経がいいなんてことはありえない。
使えないとか言われたことだってあるわけだから。
自惚れたりできるような立場にはないんだ。
「僕や莉菜とあれだけ話しているのに?」
「それとこれとは別だよ、っと、邪魔しても悪いから行くわ」
「いやいや、僕も同じ学校だからね? 一緒に学校まで行けばいいじゃん」
空気を読んだつもりだったが不必要だったらしい。
活動前に余計な感じを取り入れたくないと思ったんだけどな。
校門のところで別れてひとり校舎へ向かう。
教室に着いたら自分の椅子に座って前を見たり天井を見たりを繰り返していた。
姉にはたまたま早く起きたと説明したものの、信じてくれているだろうか?
でも、あんな空気のままで寝られるわけがない。
メンタルが強いならいつまでも引きずらずに堂々と存在していたことだろう。
「竜平先輩」
「ん? 今日は早いんだな」
「実は毎日これぐらいに来ているんだよ、みんなが登校してきてからだと教室に入りづらいというのもあってさ」
悪口を言われることに慣れている人間なんていない。
俺もよく逃げているから気持ちはよく分かる。
「違うところに行こ」
「ああ、いいぞ」
自分の教室から逃げている状態なのに年上の教室には居続けたくないか。
って、だから同類のように扱うなよ。
彼女は自分の力で真に近づけるわけなんだから俺とは違う。
たまたま話しかけてくれたからなんとかなった俺とは違うんだ。
「最近は学校に通うのがなんか楽しい気がするよ」
「そうか、それはよかったな」
「それは真先輩もそうだし、竜平先輩のおかげでもあるんだよ?」
「お世辞でもそう言ってもらえると嬉しいよ」
ただただ教室から逃げたい、真に迷惑をかけたくないというだけでもそれでもいい。
俺なんか休み時間はずっと暇しているわけなんだから話し相手ぐらいにならなれるし。
でも、絶対に踏み込んだことを話してほしくなかった。
「窓の外を見るのが好きだよね」
「前にも言ったように外が好きだからな」
自由な感じがしていい。
縛られることもなくて、怒られることもなくて。
食欲とか睡眠欲とかがなければいつまでも外にいられる自信がある。
「……じゃあ昨日のカラオケはよくなかったかな?」
「家以外ならいいって言っただろ? 俺から行くかって言ったのに責めるわけがない」
「でもでも……竜平先輩からすれば毎日うざ絡みをされているようなものだし……」
「俺は確かに岩佐を苦手だと感じている部分もあるけど、全部がってわけじゃないからな」
自由に言ってくる人間だったら寧ろ来た瞬間に逃げてる。
もちろんカラオケなんかに一緒に行ったりしないし、飲食店にだって一緒に行ったりはしていない。
真に空気を読めないと言われてもだ。
「ちゃ、ちゃんとした格好をすれば苦手じゃなくなる?」
「別にそれはそこまで大きな影響じゃないよ、問題ない範囲に留まっているからな」
「じゃあなんで……」
「それは昔の姉の雰囲気によく似ているからだ」
あとは当然だと言えるが真と仲良くなるために来ているだけだろうから。
利用されるだけだというのはやはり寂しいんだ。
昔にも実はこういうことがあった。
小学生の頃はまだまだ怖くなかったらしかったから近づきやすかったんだろう。
「間違いなく岩佐が悪いわけじゃないから気にしなくていい」
「……もしかして本当は仲良くないの?」
「昔はな、いまはもう大人になったからそんなことないよ」
「そ、そうだよね、だって昨日も普通にお喋りしていたわけだし」
……仲のいい人間なんて本当にいるのか疑問だった。
真にしたってあれは放っておけない的な意味合いが大きいだけ。
俺がひとりでしっかりできる人間ならいま頃部活や恋愛を自由に楽しんでいる。
「はぁ……」
なるべく別のところで過ごせば迷惑をかけなくて済むというのは救いか。
これからはもっと分かりづらい場所で過ごそうと決めた。
テストも終わってもう夏休みが始まりそう、というところまで来ていた。
なるべく見つからない場所を意識して逃げていた結果、岩佐とは全く会わなくなったから成功しているように思える。
連絡先だって交換しようと言われていたが交換していないまま。
まず間違いなくいい影響を与えないからこれでいいはずだ。
「確保」
「部活は?」
「あるよ、だけど十七時までだから待っててよ」
「は? これからまだほぼ五時間もあるんだぜ?」
「たまにはいいでしょ? 付き合ってくれなかったら響子さんを呼ぶから」
姉ともあれから全く話していない。
あの翌日に飯は作らなくていいと言ってあるから迷惑もかけていない。
十九時頃になったら実家に帰って飯を食べ、風呂にも入ってから帰っているからだ。
「分かった、分かったから姉貴や岩佐を呼ぶのはやめてくれ」
「うん、守ってくれるなら僕も守るよ」
段差に座って活動を見ておくことにした。
グラウンドが見える場所なうえに座っていても邪魔にならないところだから気楽だ。
それにしてもいつからか俺にとって最凶のカードを切ってくるようになったな。
実は昔から報告されていたんじゃないかという気持ちにすらなってくる。
でも、そんなことを延々と考えていただけであっという間に十七時はやってきてくれた。
「お待たせ」
「帰るぞ」
悪い方に考え出すとよく見えなくなるのが難点だった。
真は悪いところばかりではなく支えてくれたこともあったのに最低だ。
「で、なんで僕や莉菜は避けられているの?」
「特に理由はないな、岩佐なんてもっとない」
「え、じゃあ僕はあるってことじゃん」
「そりゃそうだろ、姉貴に余計なことを言ったのは真だからな」
「うっ」
自覚はあったのか足を止めた真。
俺はそれを気にせずに歩き続けていた。
テストが終わってからずっと外にいるから待たされたのは問題ない。
その問題はないが、許せない部分も確かにあった。
「ま、待ってよ」
「もう二度と余計なことを言うな、それができないならもう来てくれなくていい」
「そこまで言うことなくない? 僕はこれまで何度も竜平を――」
「守るも守らないも真の自由だ、好きにしてくれ」
約束は守ったから適当なところで時間をつぶすことにした。
姉がいなくても外にいられることの楽さを知ってしまったからいまも変わらない。
「もう帰っていいわよ」
「帰った方がいいのは姉貴だろ」
どうして俺の過ごす場所はこう簡単にバレてしまうのか。
それにどちらかと言えば来てほしくない相手にばかりバレてしまっている。
「家にいたくないという気持ちが伝わってくるもの」
「結局それは姉貴的に邪魔だったってことだろ? まあいい、それなら荷物を持って帰るよ」
大して持っていっていなかったから帰るときも苦労はしない。
俺的には援助してもらうために俺を住ませたんじゃないかと考えている。
初月さえ乗り越えてしまえば大変さもあまりないから。
姉の家を出たということはすぐに帰る必要もないから今日も元気に二十一時頃まで、いや、色々とありすぎて二十二時まで時間をつぶしてから帰った。
「おい竜平」
「ん?」
「流石に外で過ごしすぎだろ」
父がこんなことを言ってくるのは珍しかった。
一年生の頃からずっと続けているのに本当に今更のことで笑えてくる。
「ちゃんと水分とか摂ってんのか?」
「ああ、そうしないと流石の俺でも死ぬからな」
「ならいいけどよ」
父はこちらの頭に手を置いて「悪いことをしているわけじゃないならそれでいい」と。
それから尻を掻きつつリビングへと消えていった。
玄関までわざわざ出てくるなんて本当に父らしくない行動だ。
「おけーりー」
「母さんまで今日はどうしたんだよ」
「いやだって娘は出て行っちゃったし家に来てくれるのは息子だけだし? でもその息子も不良息子で全く帰ってこないんだから帰ってきたら嬉しいでしょ?」
「ちゃんと食器洗いとか風呂掃除だってしているからいいだろ?」
「んー、そういう問題かねえ、親としては大切な子どもの顔を見たいものでしょ」
メンタルが弱いのと好きなことができてしまったんだから仕方がない。
学校に通うのが仕事みたいなものだからそれが終われば自由なんだ。
だったらその自由な時間にどう過ごそうが問題ないわけで。
「てか、門限があるんじゃなかったの?」
「これを見れば分かるだろ? もう帰ってきたんだよ」
「あらま、もう喧嘩しちゃったの?」
「まあそんな感じだ、だからこれからも二十二時とかになるから気にしないでくれ」
風呂に入ってさっさと部屋に戻ることにする。
もちろん確認してから掃除もして戻ってきた。
「もしもし?」
「機嫌直してよ」
「決めるのは真だろ」
俺は無理なら離れた方がいいと助言しただけだ。
そもそもメリットがないんだからそうした方がいいに決まっている。
それに俺ならもう大丈夫だ、あの頃の弱々人間ではないのだから。
もちろんこれまで散々世話になったわけだから礼だって言うし、なにか形に残る物などを買って渡すぐらいのつもりでいる。
なにもしないで終わらせるわけがない、そこまで屑ではなかった。
「いまから会おうよ、いや、行くから」
「来てどうするんだよ……」
「いいから待ってて、それじゃ」
一応玄関で待っていたら五分もしない内に真がやって来てなんだこいつという気持ちになったのは言うまでもなく。
変なところで頑固だから面倒くさい人間だった。
「客間、そこで話そう」
「まあいいけど」
むかついているから飲み物を出したりはしない。
あと、電気を点けてもやらなかった。
「莉菜が毎日メッセージを送ってくるんだ」
「そりゃ仲がいいんだしそうだろ」
「なにかしちゃったかなって不安になっているんだよ?」
「なにもないから安心してくれって送っておいてくれ」
だって岩佐限定でしているわけではないから。
姉も真も柚木も全部避けていたわけだから問題にはならない。
「というかどうしてここにいるの?」
「寧ろよくここに来たよな」
「あ、そういえばそうだ……」
このことを言っていたわけではないのに面白い話だ。
ただ、岩佐に場所がバレていたのも全部真のせいだから許したりはしない。
とはいえ、このままだと話が進まないのも事実。
「分かった、極端な思考をするのはやめる」
「おおっ、分かってくれたんだっ」
「おう、俺が真に世話になったのは事実だからな、ありがとう」
岩佐はうざ絡みだなんだと言っていたが俺のそれの方がよっぽどそれに該当する。
なんで岩佐はたまにああやってマイナス発言をするんだろうな。
悪口を言われたところで真という味方がいるんだから堂々としていればいいのに。
それに甘えてしまえばいい。
ただまあ、柚木のことを考えると少し可哀想になってしまうが。
「というわけで今日はもう帰れ、じゃあな」
「あっ、終わらせるためにいまそんなこと言ったんでしょっ」
「あ、岩佐の連絡先を教えてくれ、真と違ってなにもしていないのに不安にさせてしまったから謝罪をしなくちゃいけないし」
「それはいいけど、……なんかむかつくなあ」
教えてもらったらすぐに電話をかけて謝罪をさせてしまった。
明日はまたあの場所で会いたいということだったから了承して電話を切る。
「岩佐は真と違っていい人間だ」
「莉菜はもちろんいい子だけど僕もいい子でしょ」
「ふっ、自分で言ったらお終いだよ」
なんかごちゃごちゃ呟いていた真を追い出して部屋に戻る。
正直、真には迷惑をかけようがどうでもよかったことに気づいた。
だって助けてくれたことはあったがこっちを自由に言うこともあったから。
冷静に対応することができていなかった。
こういうところはメンタルの弱さが思い切り影響してしまっている。
「莉菜に謝罪をするとか偉いじゃん」
「なんかよく来てくれていたからな、それで少しでも不安な気持ちにさせてしまったなら申し訳ないからさ」
「僕に謝罪は?」
「ないよ、真になんかいくらでも迷惑をかけてもいいしな」
「えー……」
これからは極端な行動には出ないようにしようと決めた。
もっとも、上手くできるかは分からないがな。
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