03話.[微妙な気持ちに]
「竜平先輩」
「場所を変えたのによく分かったな」
「お昼休みになってからいっぱい探したからね」
俺としては実家ではない場所から通うことになって少し落ち着かなかった。
幸い、学校から離れているというわけではないから距離的には問題もない。
だが、やはり姉とふたりで暮らしているということが気になっている、というところだった。
「昨日の女の人、お姉さんだったんだね」
「ああ」
「私は彼女さんかと思っちゃった」
「ないない、姉か妹、そのどちらかでしかないよ」
あ、柚木という可能性もあるかと気づいた。
とにかく、俺がいられる異性というのはそれぐらいでしかない。
ここ二日ぐらいは岩佐もいてくれているが、あくまでそれも真がいなければ実際はこうなっていなかったわけだからカウントしていなかった。
それに教室から逃げたがる人間だから外で過ごせれば十分なんだろうし。
「あの後すぐに帰ったのか?」
「うん、三十分ぐらいはあそこにいたけど」
「家族と仲が悪くても十九時前には帰った方がいい」
「うん、分かってるよ」
しかしこうやって一緒にいると似たような人間なんじゃないかという気持ちになってくる。
もちろん、そんなことはありえないということもちゃんと分かっているのだ。
彼女はきっと異性から求められるだろうし、能力だって高いだろうし。
対する俺は昔のあれを引きずってずっと姉から逃げている人間で。
だから勘違いしてはならない。
俺と彼女は決して同レベルというわけではない。
偉そうにいまみたいに言うべきでもない。
そもそも俺が守らずに二十一時近くまで外にいるのに説得力がまるでない。
と、分かっているはずなのに喋れることが嬉しいのかいちいち言ってしまうと。
「竜平先輩?」
「ん? あ、なにか言ってたか?」
「ううん、なんか難しい顔をして黙っちゃったから」
「考え事をするのが好きなんだよ、すぐに反応できないかもしれないから戻った方がいいぞ」
それこそ真のところに行けばいいだろう。
来年になれば柚木も進学してくるからもっと楽しくなるはず。
まあ、関わりがあるのかどうかは知らないが。
「真のところに行ったらどうだ?」
「真先輩は友達といるから邪魔したくないんだよ、その点、竜平先輩はひとりだからさ」
「俺といたって得はないだろ?」
後で一緒にいなきゃよかっただとか時間を無駄にしたとか言われたくないからこうする。
いつもこういう感じでいい。
こういう面倒くさい感じでいれば勝手に飽きてくれるからだ。
「竜平先輩は損得を考えて真先輩といるの?」
何故かいままで関係が続いてしまっている。
いやもちろん関係が続いた方がいいに決まっている。
ずっと昔から一緒にいる相手だ、普通はそう考えるだろう。
「そんな嫌な人間じゃないぞ」
「私だってそうだよ、別に文句を言ってるわけじゃないんだからいいでしょ?」
ちらりと見てみたらやけに真剣な顔だったから慌てて視線を正面に戻した。
姉と同じぐらい苦手だ、強気に出られない相手だ。
なにもかもが情けなくて恥ずかしくなってくる。
「……もう自由にしてくれ」
「うん、そうする」
これからは色々と場所を変えていけばいいと片付けた。
何度も言うが賑やかなところは嫌いじゃないんだ。
家にいなくていいならそれで結構。
後輩なら年上の教室に入って来づらいだろうから教室で過ごしたり、校舎内の変なところで過ごすのもありだ。
「あ、お姉さんって何歳なの?」
「二十歳だな、そんなこと知ってどうするんだ?」
「若くて綺麗だなと思って、高校にいたら男の子は放っておかないかなって」
そういう話は一切聞いたことがない。
まあ姉のそういう話を聞いたところでどうしようもないからそれでいいが。
「仲が良さそうで羨ましいよ」
「お、おう」
「うん?」
「いや」
外面は物凄くよかった。
近所の人からも姉弟仲良しってよく言われていた。
でも、本当のところは違かったわけだ。
俺としては姉となんていたくなかったし、緑の学校や修学旅行なんかのときには冗談抜きで涙が出るぐらい嬉しかったものだ。
それは中学に進学してからも変わらなかった。
なにもしてこなくなったのにいつまでも変わらなかった。
別のところで暮らしたいということを両親に相談しているところを聞いたときは本当に幸せだったわけだが……。
「もう分かりづらいところにいすぎでしょ……」
「真か、なんのために来たんだ?」
五時間目が終わった後の休み時間でもよかったと思う。
岩佐もそうだがわざわざ探すメリットがない。
見つからなかったら馬鹿らしいし、仮に見つけることができても時間の無駄だ。
「今日、響子さんのお家に行かせてもらうからね」
「姉貴に許可を貰ったんだろ? それならいちいち言わなくていいだろ」
「だって竜平が渋るから」
「直前に真や岩佐とかを連れて行くのは迷惑だからやめるって言っていたんだよ、それなのに許可していたら矛盾野郎になるだろ」
「うわあ、酷いな竜平は、そういうところがよくないね」
なんでだよ、実家でもないんだからそんなの当たり前だろう。
それに飲み物とかも既に買ってくれているが飲んでいいのか分からないし、冷蔵庫とかにだって触れてほしくないかもしれないし。
こっちは全く慣れていなくて手探りで頑張っている状態なんだ。
「そもそもどうしてそこまで来たがるんだよ、実は姉貴に興味があるのか?」
「響子さんは普通に魅力的な人だよ」
自分がいつも頼られる側、甘えられる側だから甘えたいということなのだろうか?
「言っておくけど俺は二十時近くまで帰らないぞ」
「僕だって部活があるから似たようなものだよ」
「だったら余計に駄目だろ、日曜日になるまで我慢しろ」
多分、三日とか四日が経過すれば多少は慣れる。
どういうつもりで姉がこんなことをしたのか、その理由だって分かるだろうから落ち着かない毎日にはならないだろうし。
違うか、俺がそこまで待ってほしいと願っているのだ。
「日曜日だったら逃げないでいてくれるの?」
「いや、日曜日だったら姉貴もバイトが休みで家にいるからだよ」
朝から家にいるわけがない、外で過ごすに決まっているだろう。
それに家主は姉貴なんだから姉貴がいれば十分なはず。
「え、まさか竜平は別のところで過ごすつもりなの?」
「当たり前だろ、俺が家にいたくないのは真も知っているはずだ」
この問答をこれから何度繰り返さなければならないのだろうか。
姉の性格がよくなろうとこればかりは変わらない。
俺の中では姉貴=苦手な対象ということになっているから仕方がないのだ。
でも、真とかにとっては別だろう、普通に仲良くすることができる。
「まさかずっとそのままで居続けるつもり? それって自分で自分の人生を大変なものにしているだけだよね?」
「いいんだよ、俺の人生なんだから自由にやらせてくれ」
岩佐に謝罪をしてからこの場を離れることにした。
同じようなやり取りばかりをするのは流石の俺でも疲れる。
事情を知っている真でもそうなのだから――いや、事情を知っているからこそか。
変に口にしたりするべきではなかったと反省しているぐらいだ。
「待ってよ」
「日曜日になったら来ればいい、案内だけはしてやるから」
「別に響子さんに会いたいからじゃないんだよ? ちょっと探りたくて」
「余計なことはしなくていい、また昔みたいになったら嫌だからな」
俺は俺らしく生きていくだけだ。
姉も帰宅時間以外は縛ってきていないからこれでいいだろう。
彼に迷惑をかけているわけでもない、岩佐に迷惑をかけているわけでもない。
だったら普通に放っておいてほしかった。
日曜日。
案内した後に公園ではない場所にやって来てゆっくり過ごしていた。
目の前には川があるからそれを見ているだけでも結構楽しい。
あまりよくはないかもしれないが石を投げたりするのもまたな。
「本当に過ごす場所を変えているんだ」
「……なんで岩佐がここにいるんだ?」
GPSでも仕込まれているような気持ちになるぐらいには彼女は当たり前のように来るから普通に怖い。
「私もお姉さんに会いたかったなー」
「それなら真に連絡して迎えに来てもらえばいい」
そうしたらここに来ていることも意味ないものになるがその方が絶対にいい。
これでは休まらないし、岩佐のためにもならない。
明日からまた学校なんだから休日はしっかり休んでおくべきだろう。
「どうせなら竜平先輩にもいてほしいなって」
「俺がここにいる理由、聞いていただろ?」
「そうだけどさー」
彼女は横に座ってつまらなさそうな顔をしていた。
友達の友達の姉と会ったところでどうするんだ、という話だ。
「じゃあどこかに行こうよ」
「別にそれならいいぞ」
「えっ」
「ん? 別に家に帰らなくて済むならいいぞ? あ、岩佐が行きたいならだけど」
「じゃ、じゃあ行こう」
というわけで付いていくことにした。
外にいるのも好きだし、店内の賑やかさも結構好きだからちょうどよかった。
「どこに行きたいんだ?」
「んー、カラオケとか?」
「そ、それはまたハードだな」
「えー、それをハードって……」
カラオケなんて人生で一度ぐらいしか行ったことがない。
そもそも歌うのは得意ではないし、笑われてしまうかもしれないし。
もしそんなことになったらもう二度と行かないと思う。
「聴いているだけでもいいか?」
「うーん……あ、うん、付き合ってくれるならいいよ」
「よし、じゃあ行くか」
長い時間にするわけではなく一時間にしていた。
一応、金のことを考えてくれた、ということだろうか?
安く済むし、聴いているだけでいいんだから文句はない。
「綺麗だな」
「え、そうかな?」
「おう」
「ふふ、ありがとー」
これが終わったらどうしようかと悩んでいた。
多分彼女もこれで満足するだろうからまたひとりに戻れる。
真なんかが来るかもしれないが、それは別に構わない。
やっぱり長年一緒にいる真は違うから。
「竜平先輩っ」
「……近いぞ」
「もう終わったからお金払って帰ろ」
「分かった」
面倒くさいからまとめて払って退店。
外に出たら丁度いい感じの時間だった。
腹も減ったからたまには飲食店に行くのも悪くはない。
「ご飯食べに行こ」
「え、まだ俺と行動するのか?」
「む、駄目なの?」
駄目というわけではないが本当に分からない人間だった。
ひとりだと寂しいから相手をしてほしいとか?
あ、家族と仲が悪いなら家にいたくないかとひとり納得する。
「それなら真でも呼ぶか」
「うん、それでいいから行こうよ、私が呼ぶから待ってて」
彼女が連絡を終えてから数分後、
「ごめん、待たせちゃって」
「問題ないですよ――って、竜平先輩のお姉さんじゃないですかっ」
今朝と変わらない真と、
「ええ、私もよかったかしら?」
……何故か俺の姉までここに存在していた。
なにを気に入っているのか「はいっ、どんどん行きましょうっ」と岩佐は楽しげだ。
「おい、なんで連れてきたんだよ」
「僕だけ行くなんてできるわけないでしょ、というか僕は君が莉菜と行動していたことの方が驚いているけどね」
「誘われたからだ、それ以外になにかあるか?」
「いやだって竜平がだよ? 受け入れるとは思わないじゃん」
「そんなことはないぞ、家にいなくて済むなら誰だって利用させてもらうからな」
まあこうなってしまったらごちゃごちゃ言っていても仕方がない。
食事さえ済ませてしまえば自然と解散になってくれることだろう、と思いたい。
店は岩佐の希望でファミレスとなった。
「「私はこっち――」」
なんか面倒くさいことになりそうだったから俺が真の横に座ることで解決。
ささっと注文も済ませて窓の向こうを見ていた。
こういう場所の雰囲気は本当にいい。
BGMも穏やかで落ち着くし、他のお客の声でそれもまたいい方に働く。
「真、この後って暇か?」
「うん、大丈夫だよ」
「それなら家に行ってもいいか? 柚木とも話したくなってな」
「え、頑なに僕の妹だからということで仲良くしようとしていなかった竜平なのに……」
「……最近はなんか喋りたくなるんだよ、それは真のせいでもあるし、岩佐のせいでもあるな」
文句を言われたが無視して躱す。
順番に料理も運ばれてきて中々に悪くない時間を過ごすことができた。
「よし、じゃあ解散――」
「響子さん、私達も行きましょう」
「そうね、真君のお家なら慣れているから問題ないわ」
意地を張りたい年頃なのかもしれない。
もっとも、片方は二十歳なんだからしっかりしてほしいものだが。
「おかえりー」
「おい柚木、まさかずっと休んでいたのか?」
「そ、そんな訳がないじゃないですか、私は優秀人間ですからね」
俺なりの冗談みたいなものだ、分かってほしい。
「じゃあいまから下でやろうぜ」
「べ、別にいいですけど」
人数を集めることで姉の意識を他にやろう作戦は成功しそうだった。
あとは岩佐のもそうだ、真や柚木に向けてくれればそれでいい。
俺はなるべくエアコンの被害に遭わないように端に座り、今日も窓の外を見ていた。
「なにか見えます?」
「見えるぞ、いい感じだ」
「なんにもなくてつまらないと思いますけど……」
「そうか? 別に外の世界が止まっているというわけじゃないからな」
岩佐は真のいるところだけは敬語なんだよなと。
これはどうしてだろうか?
あっ、俺によく近づいて来るのも真との接点を増やしたいからかと納得する。
本当かどうかはこの目で見ていないから知らないが、嫌われてしまっているみたいだから余計に真みたいな存在は格好良く見えてくるんだろう。
「横、いいですか?」
「ここは真の家だぞ、俺の許可なんていらないだろ」
「そういえばそうでしたね、普段も許可してくれますもんね」
逃げ続けても勝手に場所がバレるからだ。
それに外も俺の物というわけではない、俺の許可なんていらないわけだ。
「竜平先輩って意外と付き合ってくれますよね」
「人が嫌いなわけではないからな、あ、ちなみに言っておくと岩佐は苦手だぞ」
「えーっ、なんでですかー!」
「ちょっと派手だからだ、胸元とかも緩いしな」
「そうですかね?」
今日に限って言えば大人しめの服装でよく似合っているが。
あと、たまに距離が近すぎることも問題だった。
それ以外で言えば……信用できない相手に吐こうとすることか。
なにもしてやれないからなんにも知らないままでいい。
「でも、馬鹿にしてこないところはいいな」
「そんなの当たり前ですよ、そもそも……逃げている人間なんですし」
「それでも八つ当たりとか絶対にしないだろ? あとは俺を怖がらずにいてくれているだけで十分だよ」
なにもしていないのに恐れられると正直悲しい。
メンタルが弱いから結構引きずったりもする。
暗闇だけは克服ができたが、ひとりでいるときは大抵そういうことを考えて微妙な気持ちになることも多かった。
「確かに竜平は目つきが怖いとかよく言われるもんね」
「ああ、なにを考えているのか分からないとも言われるな」
「でも、慣れればなにも問題ないんですけどね、私は一週間ぐらいで慣れましたし」
「柚木の場合は急に家に怖い人間が現れたわけだからな、そういう反応は当たり前だ」
……って、発言してしまっている時点で悲しかった。
何故怖がられてしまうのだろうか。
目つきだって一応気をつけているというのに。
何度も言うが他者に迷惑をかけたいわけではないのだ。
なにか悪い点があったら一生懸命直そうと行動してきた。
が、それが実を結んでいない形になる……んだよな、これだと。
「真、泣いていいか?」
「いいよって言っても出ないでしょ?」
「……涙は出ないけど普通に悲しいぞ」
自分で自分に止めをさしてしまった。
……これから先も怖がられる度にこうなってしまうんだと気づいてしまったのだった。
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