第3話

「お前は女運が悪い。だから優斗にしておけ。」


姉の待つ会社へと乗り込み、会長室にて姉に何が一体どういう事なんだと説明を求めた瞬間、簡潔すぎる言葉が返ってきた。


これで一体何を理解しろというのだろうか、我が姉は。


「理解していないという顔だな……。」


何故理解していないんだとでも言いたげに訝し気な顔を向けてくる姉、小春。


何故だろう。


何故簡潔すぎるあの言葉ですべて理解できると思ったのだろうか。


いや、もしかすると姉は天才だからあの簡潔な言葉だけですべてを理解できるかもしれない。


だけど残念ながら俺は母親に似てひどく頭が悪い。


あんな言葉で理解できるわけがない。


「……わかった。お前のために長文で説明してやる。九条恵梨香、花岡美咲、安藤涼音、工藤冴香、日高明美、常盤麗華、そして今の彼女の園村朱莉だが――――」


「朱莉ちゃんとは今日別れた。」


「何、本当か!それは何よりだ。どの女も素行は最悪な上二股上等。全員金目当てもしくは遊び半分、ひどい奴は罰ゲームでお前に近づいた女ばかり。よくもまぁこんなに悪い女にばかり引っかかるものだ。」


姉は手に持っている紙をひらひらと揺らしながら俺を見てあきれたようにため息を吐く。


今あげられた人物たちの名前はすべて過去に俺が付き合った女の子たちの名前。


そしてその子たちが本心で俺を好きと思っているのかと姉は毎回のように彼女になった女の子について人を使って調査していた。


最初に付き合った子は遊び半分で冗談で俺に告白してきたらしい。


俺はそれを本気にとらえてしまい、俺たちの交際が始まった。


向こうもまぁ次の彼氏までのつなぎとして付き合っていたみたいで、その事実を姉から伝えられた時はそれなりにショックだった。


でも次に付き合った子も似た感じで、かずうちゃ当たる方針で俺もいつか俺を本気で好きなこと付き合えると思いチャンスがあればすぐに付き合った。


だけど誰も本気で俺の事を好きじゃなかったみたいだ。


だからだろう。


こんなにも彼女がいたのに俺は未だに童貞なのだ。


「蓮、私はお前がかわいくてかわいくて仕方がない。お前なら目に入れても痛くないし、血さえつながってなければ私がお前と結婚してお前を幸せにしてやりたいと思う。だがそれはかなわない話だ。本当に残念なことにな。」


姉は目を細めながら寂しそうに言葉を紡ぐ。


多分、いや間違いなく姉の言葉は本心で、姉弟でも結婚できるならばこの人は本当にその道を選んだだろう。


姉さんがどれだけ俺の事を大切にしてくれてるかは知っている。


そんな姉の思いにはなんでもこたえたいと思えてしまうくらいには俺だって姉さんが大事だし、姉さんが望むならとその状況になったら俺も別に拒みはしなかったと思う。


まぁ、どう考えても血のつながった姉弟でなんて無理な話だけど。


なんて思っていた時だ。


「だからだ」と姉さんが言葉を切り出した。


「蓮、私はお前がどうすれば幸せになれるかを考えた結果、お前の人生に私以外の女は必要ないと判断した。むしろ害悪にしかならないだろう。そんな害悪からお前を守るために私はお前の事を世界で誰よりも愛している二人で契約を結ぶことにしたのだ。」


「……は?え、いや、何言って―――――」


「蓮、私と優との結婚はあくまで世間の目へのカモフラージュだ。実際にあの家で夫婦生活を送るのはお前と優斗だ。」


「……は?はぁぁぁぁぁぁあ!?」


長々と話し出した話出しからすでにおかしいと思っていたけど、最後の最後にもっと理解できない言葉が飛んできた。


その言葉に俺は叫ばずにはいられなかった。


ちなみに俺は優斗さんからはすべては姉さんから説明があるから自分が言えるのは俺が朱莉ちゃんと別れたいと思うように罪悪感と快楽に溺れさせることだけだとか言っていた。


ちなみに言うと俺はその手にまんまとはまり今日朱莉ちゃんと別れたわけだけど……


理解しようとしてるけどどんどん理解が追い付かなくなるのは俺が馬鹿なせいだからなのだろうか。


「優斗は幼少期よりお前に特別な感情を抱いていた。というかあいつは人畜無害そうな優しい人間の皮をかぶってはいるがよほどの変態だ。お前が3歳の頃にはお前の裸を見て発情していたのを今でも覚えている。」


「は、発情っ……!?」


平然と煙草をふかしながらさらりと昔語りをする我が姉。


その姉の言葉選びは聞いてるこっちが恥ずかしくなってくる内容で姉の代わりに俺が赤面してしまう。


というか本気で3歳の、それも男に発情していたのだろうかあの人は。


「ちなみに私はそんなあいつに「弟はお前にやらん」と言い続けてきたわけだが、少し前に気が変わってな。蓮、知っての通り私はお前にこの会社を継がせる気は毛頭ない。何故ならお前は愛すべき「馬鹿」だからだ。」


「うっ……。」


馬鹿という言葉が見えない刃物となり俺の心に突き刺さる。


いや、ただの事実なんだけどストレートに言われればもちろんそれなり傷つくわけで……。


「そこで私は誰になら会社を継がせてもいいものかと考えた。正直私は恋愛というものに全く興味が持てん。仕事が何よりの生きがいだ。結婚して子を成すのは難しいどころかそもそも私では家庭を顧みれない母親にしかなれない。そう思ったときにふとお前の顔が浮かんでな。「そうだ、蓮を母親にしよう。」と思ったわけだ。」


「……いや、なんで。」


名案だろ?と言いたげな天才なくせに馬鹿な発言をする姉に俺は冷静に突っ込んだ。


胴飛躍しすぎたらそんな発想に至るのだろうか。


そう思いながらも俺は姉の言葉に耳を傾け続けることにした。


「私は蓮、お前を社会に出したくない。お前はすぐ人に騙される。できればお前を家庭に閉じ込めておきたいと常々考えていたんだ。だから優斗にとある条件をもとにお前をくれてやるといったわけだ。」


「ちょ、何人をものみたいに言ってるんだよ!!俺はモノじゃないぞ!!」


勝手にくれてやるとか言うのはどこからどう考えてもおかしい。


俺の気持ちを完全に無視している。


そう抗議する俺に近づき、小春姐さんは俺の頭を軽く叩いた。


「まぁ私たちの契約の内容をとりあえず聞け。」


口調はともかく、言い方が突然ひどく優しくなる姉。


そんな姉を前に俺はおとなしくなるしかなくてとりあえずうなづいて話を聞く姿勢を見せた。


すると姉は細身の姉に似つかわしくない少しだけ大きく膨らんだお腹を俺に触らせた。


「まだ随分と先の事になるだろうが私はいずれ後継者を選ばなければならない。だがその子にもいらぬ苦労はさせたくない。そう思ったときに子の親は地位のある人間がいいと考えた。だから私は優斗に私を孕ませられたならお前をくれてやるといったんだ。私は優秀な子供さえできればそれでよかったし、それでお前の事を本当に大事にしてくれる奴がお前の伴侶になればそれはこの上なく素晴らしいことだろうとも思った。」


小春姐さんは落ち着いたトーンで話しながらお腹をさする。


俺も姉さんと優斗さんの子どもが眠っているであろう姉さんのお腹を優しくさすった。


確かに優秀な姉さんに優斗さんも引けを取らないほど優秀だ。


そんな二人の子供なんて優秀に決まっている。


俺が会社を継ぐよりもよほど会社にとっても有益だと思う。


でも……


「それでもさ、やっぱり俺の気持ち全無視じゃない?俺は普通に女の子が好きなのに勝手に俺に優斗さんっていう旦那作って妻にしようなんてさ。」


優斗さんは昔からひどく優しいし、大好きだ。


だけどそれはお兄さんがいたらこんな感じだろうなとか、そういうお兄さんに抱くような感情なわけで恋愛感情じゃない。


姉さんは姉さんの理想の為に俺の自由に恋愛する権利を奪ったことになると思うというのが俺の正直な感想だ。


「もちろんお前の気持ちも大事だとは思っている。だから優斗に「蓮を妻にしたければ私が出産するまでに蓮を今の彼女から寝取れ」といった。で、現にお前は優斗と寝て心が動いたから彼女と今日別れてきたのだろう?事に至ったのは強引だったかもしれんが、結果的にお前の気持ちがついてきたのだから結果オーライじゃないか。」


考えていないことなんてないだろ?


そう言いたげに俺に話しかけてくる姉さん。


……本当に誰かこの人に恋愛というものを教えてあげてほしい。


「あのね、寝たからって寝た相手を好きになるわけじゃないんだよ!?俺は別に今も優斗さんに対しては尊敬や憧れの念はあっても、恋愛感情はない!別れたのは優斗さんが好きになったからじゃなくて、その……付き合ってるのに他の人とそういうことをしてしまった罪悪感からっていうか……。」


なんて言ってみるけど実際罪悪感からってだけでもない。


今回ばかりは俺だって気づいていたんだ。


彼女がお金目的で俺と付き合ってたことに。


それでちょうどいいやと思って別れたというのもあるわけだ。


「……まぁなんにせよ以前私とお前が住んでいた家は売り払った。家具も今日お前が学校に行ってる間に新居に搬入させておいた。一応世間の目があるから私も共に暮らすがあの家はお前と優斗の新婚生活用に買った家だからお前も今日からあの家で暮らせ。いいな。」


「……やっぱり勝手すぎる。」


命令口調で言ってくる姉さんに小さな声で言葉を返す。


すると姉さんは俺の頭を又軽く叩いた。


「私も少し勝手かとも思ったよ。だがそうする価値があると思ったわけだ。それだけ優斗はお前の事を大事に思っている。そんな奴に大事にされたら多分お前も幸せだろうし、そんなお前たちに生まれてくる我が子を大事にしてもらえたらもっと嬉しい。私への結婚祝いと思ってこの状況を受け入れてくれないか?」


先程までの命令口調とは打って変わり、俺の気持ちを確かめてくる姉さん。


そんな姉さんを見ていると俺は少し姉さんの気持ちが理解できたような気がした。


(そっか、あの家は姉さんにとっての大事なものを集めた家なんだ。)


姉さんにとって大事なもの。


それは多分弟の俺、幼馴染の優斗さん、そして生まれてくる子供。


そんな大事なものが集まる大事な場所。


姉さんはきっと、そんな場所で大事なものに囲まれている生活を望んでいるんだって。


「……わかった。でも姉さん、その、俺と優斗さんの関係を縛るものは何もないわけでしょ?だからもし俺が優斗さんを好きにならなくて、本当に思い合える女性ができたときはその人と一緒の未来を選ばせて?」


未来なんてわからない。


姉さんの願い通り優斗さんに大事に思われることで俺の中の優斗さんに対する気持ちが変わるかもしれない。


だけど大事にされていてもそれでも俺は女の子を選ぶかもしれない。


だからせめてそれを許してもらえる約束が欲しい。


「……わかった。その女が本当にお前を大事にできる奴ならな。」


姉さんは小さく笑い、俺の頭を撫でまわしながらつぶやく。


いきなり催淫剤は飲ませられるし、襲われもしたけどとりあえずは大好きな姉さんの望む生活を送ってみようと心に決めるのだった。

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