第三章 想い出を超えて
第23話 戻ってきた二人
呼ばれて行った社長室で、橋本君と再会した。
「驚くのも無理はないな」
驚きのあまり叫んだ私を社長が笑う。
「あの、これは……また潜入捜査でしょうか」
「辞めてきました。改めてこの会社で働かせて頂きたくて、丸山社長にお願いを」
社長への問いに答えるのは橋本君。
「辞めてって……」
浮かんだのは環ちゃんの顔。知っているのかな、このこと。
「橋本君、君は先に戻っていなさい。私はこれから彼女とお茶の時間でね」
「はい、失礼します」
頭が騒がしく動き始める間に、橋本君は部屋を出ていく。そして、私と社長の二人。
「驚かせてすまなかったね」
「いえ……」
「気持ちを落ち着けるにはこれが一番だ。さぁ、こちらへ」
誘われるがまま座ると、あの日のように社長が紅茶を淹れてくれる。
「正直、信じていいか決めかねていてね」
「それは……本心かどうかという事でしょうか」
「あぁ……何か狙いがあるのか、何しろ捜査員だった男だ。前回も潜入捜査とは言わずに入社しているからな」
信じるか信じないか、どれだけ紅茶を口に入れても答えは出そうにない。
「3ヶ月もすればわかるだろう。それを見極めてもらいたい」
「私に……ですか? 」
「あなたが信じるというのなら、私も彼を信じよう」
仕事のプレッシャーというのは、人間同士が関わるせいで生まれる、いつも。
「新たにチーム編成を練らないとな」
「はい……」
支社から来てくれたスタッフのみんなはあくまで応援だし、1チーム10人はさすがに多すぎる。
「異動したいスタッフもいるだろう。3ヶ月以内に6人体制……でどうかな」
「6人体制……4人削れという事ですか」
4人……ついこの間まで人手不足で猫の手も借りたかったのに、今度は人が余って削減。
「他は人手が足りないから異動先には困らないはずだ。もちろん、橋本が信用出来なければ出してくれ。こちらで預かろう」
とんでもなく、厄介な仕事を頼まれてしまった。頼みますと頭を下げられて断ることも出来ず、社長室を出る。
4人……誰を出すかなんて考えられない。
それぞれの顔を思い浮かべながら階段を降りて、オフィスに入ると橋本君を囲んでワイワイと楽しそうな声が聞こえてくる。
「笹山さん」
橋本君が私に気付いた。
信じていいのか……信じたいと思ってしまう、冷静な判断なんて私には出来そうもない。
嬉しそうな、照れくさそうな表情に笑顔を返す。素直に喜ぶのは難しかった。
「髪、切ったんだね」
「はい、気分を変えたくて」
前は小さく結べるくらいに長かった髪、それが短くなっていた。
「好きで伸ばしていた訳じゃないんです。仕事上、その方が楽だっただけで」
「そうだったんだ……」
橋本君はあの日、会社ではできない話だと家に来て警察手帳を私に見せた。厳しい表情で、自分が潜入捜査の為に入社して私に近付き、補佐することで社長の動向を探っていたと打ち明けられて……初めて本当の橋本君と向き合った気がしたのを思い出す。
「騙しておいて、戻って来たりしてすみません」
また丁寧に頭を下げる橋本君に、どんな言葉をかけたらいいだろう。
まずはみんなの希望を聞く……そう思って始めた個人面談、まずは橋本君から。聞きたいことはたくさんある、でも、いざ本人を目の前にすると難しい。
「戻ってきた理由、からですね」
「え……」
「相変わらず分かりやすいですね、笹山さんは」
そう笑うと橋本君は言葉を続けた。
「失くして気付きました……本当に大切な物に」
「環ちゃんのこと? 」
「はい。実は、環に全て話したんです。自分の素性も、想いも……環だけは、捜査上必要だったからではなく心から惹かれたんです。別れるつもりだったのにいつの間にか言っていました……一緒にいたいと」
「それで……環ちゃんは」
「振られました」
伝わってくる未練、もしかして橋本君は環ちゃんとやり直したくて……。
「嘘をつく人は嫌いだと、言われました。私だけじゃなく笹山さんや会社や色んな人達を騙して、信じてくれなかったと……それ以来、連絡も取れません」
意外だった。
本当に、ものすごく。
環ちゃんの方が橋本君を好きなんだと思っていたから、橋本君はいつもどこか冷静で控えめで、環ちゃんの為にこんな行動を取る人だと思っていなかった。
「彼女しかいないと思っていたんです。こんな出逢いだったけど許されるなら生涯を共に……そう、考えていました」
「橋本君……」
俯いてしまった。
本音だとしたらあまりにも正直で、純粋で、情熱的で。
「それを言うのは私じゃないでしょ。環ちゃんだって話せばわかってくれるよ」
俯いていた橋本君の顔が上がる。彼を信じていいか決めるのは私じゃない、そんな気がした。
「仕事の話でなくてすみません」
「ほんと、まさか橋本君がそういう人だと思わなかったよ」
苦笑する橋本君に、今までとは明らかに違うものを感じる。
「仕事もこれまで以上に頑張ります」
相変わらず律儀な橋本君を疑うことなんて、私には出来ない……彼の後ろ姿を見て、そう思った。
翌日は創立記念日で会社全体が休み、今までこんな事もなくて丸山社長らしい変化だと思う。
「で、なんで二股かけたの? 」
当たり前だけど樹梨亜は怒っていた。
「別に二股かけたわけじゃないって、私と海斗はそういうんじゃないんだから」
「でも好きなんでしょ? 」
「そ、そんな好きとかじゃないって」
「いや、動揺し過ぎでしょ。大好きじゃん」
「違うってば! 」
思わず声が大きくなって、道行く人の視線を感じる。夢瑠からこの間のことを聞いた樹梨亜は、海斗のことをすっかり彼氏だと思い込んでいた。
「もう、はるちゃんも樹梨ちゃんも喧嘩はだめー! 夢瑠ちゃんに会いに行くんだから仲良くしてよぉ」
ナビ役で、今日はタマも一緒にお出掛け。
「それにしてもさ、夢瑠ほんとにこんな所にいるのかな」
話題が夢瑠に移る。
「タマ、本当にこっちで合ってる? 」
「うん、もう着くはずなんだけどなぁ……夢瑠ちゃんいない? 」
「見当たらないけどな……」
「こんなとこに夢瑠いたら絶対目立つでしょ。家ばっかりで目印も何もないし」
住宅街のT字路のど真ん中、ここに夢瑠がいたら絶対目立つと思うのに、姿は見当たらない。
「こっちこっち! 」
後ろから夢瑠の声。
「あ、いた! 」
振り向くと笑顔の夢瑠が手を振っている。
「通り過ぎてたんだね」
「よし、遥、競争!! 」
樹梨亜と子供みたいにダッシュ。
「はぁ~……遥速い……」
「樹梨亜だって……はぁ……さすが……」
「すっご~い! 二人ともまだまだ速いね! 」
いつものように、にこにこ笑う夢瑠。
「夢瑠、それよりなんでこんな所にいるの、まだなんにも聞いてないよ」
「樹梨亜も聞いてないの? 私だってびっくりしたんだからね! 」
「まぁまぁ、こっち来て、詳しいことは後で話すから」
結局、何か分からないまま笑顔に弄ばれて……樹梨亜と二人、夢瑠に連れられてどこかへと向かった。
「はい、どーぞ」
通りから少し中に入った所、パステルピンクのドームハウスに夢瑠は入っていく。中は白が基調のシンプルな部屋。
「引っ越したら、一番最初に樹梨ちゃんとハルちゃん呼ぼうと思って準備したの。えらいでしょ! 」
「え……うそ!? 」
「ここ夢瑠の家!? だって前は一人暮らしだめだったって……」
得意気な様子の夢瑠。
「許してもらったの? 」
「出てきちゃった、何とかなるかなって思って」
「そんな……こっちで暮らすなら言ってくれたら良かったのに。手伝うし、なんなら家で暮らしても良かったのに」
樹梨亜はびっくりというより心配そう、確かに防犯とかの面で一人暮らしが今減っているって、ニュースでも話題になっていた。
「楽しいんだぁ、好きな時に好きなことできるし、怒られないし」
夢瑠のご両親は厳しいから、家が窮屈だった……のかな。
「そりゃそうだけど、家事だってやらなきゃいけないんだよ。ご飯作ったり、洗濯したり」
「それでもここがいいの。樹梨ちゃんやハルちゃんといたいんだもん! 」
満面の笑みでそう言われたら、樹梨亜も私も何も言えない。
「まぁ、慣れた街だし、やってみてさ、大変な事はフォローするよ。またみんなでご飯食べに行けばいいじゃん、樹梨亜ん
「うん! 夢瑠みんなでご飯食べるのが一番好き! 」
心配はあるけど、夢瑠が帰ってきてくれて嬉しい……やっと、三人で笑いあえた。
「じゃあ、今度、夢瑠の引っ越しパーティーやろっか、家で! 」
「やったぁー! ハルちゃん、カイ君も連れてきたら? 」
「そ、そんなのいいよ、海斗恥ずかしがるから」
「私も会ってみたい! 遥の彼氏」
「だから彼氏じゃないって」
「でも、夢瑠がカイ君好きになるの嫌でしょ? 」
夢瑠のいたずらそうな笑顔、胸にぐさりと何かが刺さる。
「それは……」
「でしょ! そういうこと! 」
何も言い返せない。素直に言えないけど、身体中が嫌だって叫んでいる。
「どんなんだろう、遥の彼氏」
「とっても優しいんだよ、仲良く手繋いでね」
「遥が!? すっごい意外なんだけど」
「かわいいんだよ、ハルちゃん、照れて顔真っ赤なの」
「もうやめて……」
海斗との事をいじられる、こんな日が来るとは思わなかった。
「そっか……じゃあ、パートナーロイドいらなかったね」
「ごめんね、樹梨亜。せっかく紹介してもらったのに」
「う~ん……まぁ、見てみないと分かんないけど、遥が幸せそうなら仕方ないよ。でも水野さん、どうすんの? 」
「それは、一旦保留させてくださいってお願いしておいた……海斗とさよならするまではね」
そう……寂しいけど永遠じゃない。
「さよならってどういう事? 」
きょとんとする夢瑠に、樹梨亜の視線。
「実はね……」
話すことにした。
もちろんロイドだとは言えないけれど、再会したら記憶障害だった事、今は記憶を取り戻す手伝いの為に一緒にいる事。
「だから、いつかさよならは来るの」
自分に言い聞かせているみたいで、寂しかった。
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