第2話 理玖の思惑


 バンッ、バンバンッ!!


 音と同時に的が倒れ、また別の的が浮かんでくる。


 ゆらゆら揺れる宇宙船。


 銃を構えたスカウター越しの鋭い視線、静かに引き金を引く。


 ダダダダダンッ!! 


 腹の底に響く衝撃、確実に弾は機体を捉え煙を出して墜ちていった。


「ハイスコア更新です。おめでとうございます」


 小さなブースに響き渡る音声。慣れた様子でゴーグルを外す女性は遥だ。その表情からは、全ての的を撃ち抜いた爽快感がにじみ出ている。


「遥様、2級合格圏内です。テストを受けられますか? 」

「今日はこのあと予定があるから……今度にします」


 身支度を整えて外に出ると、ゆっくりとした足取りでどこかに向かい、歩き始めた。


 四月だというのにまだ寒く、灰色の空の下、歩く遥に桜の花びらが舞い落ちる。


 淡いブルーのコートを羽織り、肩にかかる髪をなびかせ歩く彼女に、笑顔はないけれど、以前より少し大人びたように見える。


 海斗がいなくなってから、二回目の春。


 最初のうちは寂しくて塞ぎがちだった遥も、少しずつ明るさを取り戻して今では新しい趣味も見つけ、充実した日々を過ごしている。


 今日も午前中からエアガンの練習をこなし、午後からは樹梨亜との約束の為、いつものカフェに向かっていた。







「それで……結局行ったの?」

「行かないよ、おめでとうって書いて返しておいた」

「そっか……ごめんね。なんか悪い事しちゃって」 

「ううん、気にしないで。もう済んだ事だから」


 いつものはちみつレモンティーに手を伸ばす。広がる甘さが何だか懐かしい。


「でもさ、招待状、樹梨亜にも届いてるって思ってた」

「届いてないよ、ほんと信じらんない、あのバカ男! わざと遥だけ呼んで幸せ見せつけようだなんて!! 」


 グラスを勢いよくテーブルに置きながら怒ってくれる樹梨亜。


 “理玖がね、遥に会いたいっていってるんだけど”


 海斗がいなくなった後、辛かった私は樹梨亜からの誘いを受けて理玖と会った。何回かデートしたけど、付き合うのは断ってそれきり。


 その理玖から、いきなり結婚式の招待状が届いたのは先月のこと。理玖ときれいな女性……それに理玖そっくりな赤ちゃんの写真付きで。


「だってあいつがね、遥に会いたいって言うから……忘れられてないかもなんて言うから会わせたんじゃない、それを何よ!! 二股かけて授かり婚!? しかも振られた腹いせに結婚式に呼ぶ!? 信じらんない!! 」

「二股……だったんだ。式に呼んだのも振られた腹いせ? 」

「うん! え、えっと……あー!! ごめん遥。言わないって決めてたのに! 」


 真っ青な顔で慌てふためく樹梨亜に笑えるほどには、傷ついてないみたい。


 全然、知らなかったけど。


「もういいよ、樹梨亜。いまさら気にしてないから……どういう事か教えて? 」


 樹梨亜は遠慮がちに、申し訳無さそうに教えてくれた。理玖から聞いた事実を。


 “俺といた方が幸せになれたはずだってわからせたかったんだよ、あいつに”


 妙に理玖らしい口調に、納得してしまう。それでわざわざ、知らない人ばかりの結婚式に私だけ招待したんだ。


「二股っていうのは? 」

「それは……遥から赤ちゃんが8ヶ月だって聞いたから、問い詰めたら白状したの。同じ会社の子に言い寄られたからどっちか結婚できるほうにしようと思ったって……ほんとごめん。あんな奴だなんて知ってたら会わせなかったのに」


 どっちか、結婚できるほうと……。


「そっか」


 また一口飲む。今日はいつもより減りが早い。


「ごめん……」

「もういいよ……そっか、そんなので結婚しなくて本当によかった。もう忘れよ、びっくりはしたけど怒ってないから」

「すごいね……遥は。私だったら許せなくて結婚式ぶち壊してやるのに」


 結婚式ぶち壊す、その言い方が樹梨亜らしくて本当にやりそうで思わず笑えてくる。


「遥……? 」

「ごめんごめん、樹梨亜、怒ってくれてありがと。でも……私も同じだから」

「同じ? どういうこと? 遥にも相手がいたってこと? 」


 相手……記憶の中に眠る、懐かしい眼差しが#微__かす__#かに浮かぶ。


「相手なんて言うほどじゃないの、ちょっといいなって思っただけ。でも……忘れようとして理玖と会ってたのは事実だから」


 結局、あの後も海斗の事は誰にも話していない。一瞬、樹梨亜が見せた寂しそうな表情が、胸に刺さる。


「そうだったんだ……ごめんね、知らずに紹介したりして」

「私も、言えなくてごめん。でももう、終わった事だから」

「終わったこと? 」

「うん。もう……そういうのはいいかな。特に結婚したいわけじゃないしね」


 そう……終わったこと。


 まだ完璧に忘れられたわけじゃないけど、気持ちは少しずつそっちに向かっている。


 グラスに手を伸ばそうとした所で、ちょうどオムライスが運ばれてきた。 


「食べよ! お腹空いちゃった」


 久しぶりに食べる懐かしい味、友達と過ごす時間……あれからの私は忙しくて仕事ばかりだった。


 でも、招待状のおかげでこうして久しぶりに樹梨亜にも会えたし、それだけでいいか。


「やっぱり美味しい! 」

「うん、美味しい」


 オムライスをつつきながら、ふと思う。


 何も知らずに、好かれているなんて勘違いしていた自分が、今は情けない。


 結婚したがっていた理玖の二股も、好きと言ってくれた海斗の秘密も……気付かず舞い上がって。


 浮かれすぎていた。


 “優しい男性には注意した方がいいですよ、思わぬ企みや思惑があるかもしれません”


 なぜかいきなり、水野さんの言葉を思い出す。


「そういえば、水野さん元気? 」

「珍しいね、遥が水野さん気にするなんて」


 そういえば、水野さんともしばらく会っていない。タマが壊れてから点検担当をしてくれているのに、この間行ったらショップに姿がなかった。


「長期休暇だって言ってたよ。この間、私も煌雅のメンテに行ったんだけどね」

「へー、長期休暇かぁ……いいなぁ、欲しいなぁ」

「最近忙しそうだもんね、勝手に取っちゃえば? もうこれ以上働けませんって」

「したいなぁ~、そんな事。でも迷惑かかっちゃうから。あー! ロイドさんのいる業界が羨ましい」


 樹梨亜と一緒にため息をつく。


 私達が働く教育系の分野は未だにロイドさんの業務補助すら許されていない。今日のこの休みだって取るのは大変だった。


 休みたいけど、もうそんなわがままを言える立場ではない。


 樹梨亜も私も……そして夢瑠も。


「それより夢瑠と連絡取ってる? 」

「う~ん、なんかしづらくてさ。前に掛けたら怖い人が出て、取り次いでもらえなかったんだよね」

「やっぱり樹梨亜も? 私もなんだよね……元気にしてるのかな」


 本当はここで一緒に笑っているはずの大切な友達、夢瑠は引っ越してしまった。家族の仕事の都合だから仕方ないんだけど、それもすごく寂しい。


「なんかチラッと夢瑠見たんだけど、かなり痩せた気がするんだよね……机から離れないように見張られているみたい」


 食べかけのオムライス、心配な情報に思わず手が止まる。


 夢瑠は作家として成功して有名人になった。みんなが期待している、篠田夢瑠の新作を……だから頑張らなきゃいけないのも仕方ない、のかもしれない。


 いつまでも変わらずにはいられないんだな。理玖も夢瑠も樹梨亜も……私も。


 “ハルちゃん”


 そう呼んでニコニコ笑ってくれる、夢瑠の笑顔に会いたい。


「会いたいな……」

「うん、会いたいね」


 今、どうしているんだろう。


「ねぇ! 今から連絡してみない? 二人でお願いしたら少しくらい話せるかも」

「大丈夫かな……仕事してるかもよ? 」

「それはそうかもしれないけど、気分転換しないと夢瑠だっておかしくなっちゃうよ」

「そっか、そうだよね! 」


 少し気まずかった私達の間に笑顔が戻る。やっぱり夢瑠にもいてほしい……同じ本音を胸に画面を見つめた。

 

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