生配信
家に着いてからも何もする気にならなくて、ただソファでボーッとしていた。
帰り道からずっと、ゆうちゃんとの思い出が溢れ出して止まらなくて。涙が枯れて抜け殻の様な気持ちになるまで何も出来ずにいた。
気がつくと外は真っ暗で、カーテンを開けたままの窓から外の街灯が入り込んでうっすらと部屋を照らしている。
あたしは無意識にスマホを手に取って、動画アプリを立ち上げた。
ゆうちゃんの声が聴きたい。
あたしにはゆうちゃんには秘密のゆうちゃん専用アカウントがある。
ゆうちゃんにあたしだと気づかれないままチャンネル登録をして、SNSをチェックするために。たくさんいるリスナーの中の1人になりすますために。
一生サヨナラが来ない世界に居てみたくて、あたしはそうしていた。そんな風にずっとずっと願っていたら、本当にそんな関係になってしまった。
暗闇の中で、ゆうちゃんのアイコンがキラキラ点滅をし始める。ちょうどゆうちゃんが生配信を始めるらしい。奇跡のような絶妙なタイミングに驚きながらアイコンをタップする。
配信用のいつもの待機画面。ゆうちゃんのアイコンと同じキャラクターの立ち絵が時々瞬きをしてこちらを見つめている。
今日配信するなんて一言も言ってなかった。急遽なんだろうな。あんな風に切り出さなければ、今頃ゆうちゃんはあたしと居たはずだから。
「こんばんはぁ。突然なのに、めっちゃ来てくれてるじゃーん。すげぇ…。」
ゆうちゃんが喋りだす。一斉にリスナーのコメントが高速で流れていく。『ゆうちゃーん』『突然の生配信めちゃくちゃ嬉しい』『今日は歌枠?』
「今日はぁ、歌枠っていうか…。うーん、なんだろなぁ。なんだろねぇ。」
ゆうちゃんはそう言って力なく笑った。そしてコメントにポツリポツリ返答し始める。なんだか声に覇気がない。思わずボリュームを上げる。
「言っておくけど、今日は落ち込んでます。めちゃくちゃ落ち込んでるんでとにかく放送事故にだけはならないよう気をつけるねぇ。とりあえず歌おっかな。何歌って欲しい?」
色んな曲のタイトルがコメント欄に上がっていく。有名な曲、流行ってる曲、ゆうちゃんのオリジナル曲。聴きたいなぁ、なんでもいいからゆうちゃんの今の歌声が聴きたい。
「俺はねぇ、しっとり系がいい。バラード縛りでお願いします。うーん…どうしようかなぁ…。あ、これに決めた。」
曲が始まる。よく知ってるイントロ。あたしの大好きな、ゆうちゃんのオリジナル曲。
ゆうちゃんが歌い出す。ちょっと悲しいラブソングを普段とは全然違う大人びた声で。
どうしていつもふざけてばかりなのに、歌になると何億光年も生きた人みたいに感じさせるんだろう。遠くてあたしよりずっと大人で手の届かない存在みたいになってしまうのだろう。だけど歌声はすごく近くてここにある気持ちに寄り添ってくる。誰にも見せない大切なところに入り込んできてくれる。思わず涙が零れ落ちた。
ねぇ、今ゆうちゃんが落ち込んでいるのはあたしのせいかなぁ?あたしとのサヨナラがゆうちゃんの気持ちを1ミリでも傾けているのなら…。
嬉しいかもしれない。
配信中、ずっとあたしは涙が止まらなかった。ゆうちゃんは何曲も何曲も哀しい歌ばかり歌った。
『切ないです』『別れた彼氏の事を思い出しちゃいました』『なんか今日のゆうちゃん別人…』『ゆうちゃんの声好き』『泣きそう』『ゆうちゃん好き』
そう、あたしも変わらずゆうちゃんが好きで、好きな気持ちを押し殺したわけじゃなくて、近くにいられなくてもずっと好きでいられるかたちを選んだだけ。
これでよかったんだよねぇ?
連絡してもいつだってゆうちゃんからの返事はなくて、あたしが望む時に会えた事は一度も無くて。だけど夜中突然やってきてベッドに潜り込んでくるし、呼び出されるのはいつも突然だからすぐに会いにいけるように何も予定を入れずに過ごしてきた。
それが嫌になったわけじゃないけど、ゆうちゃんの気持ちが分からなくて。だからあたしは結局気持ちを伝えそびれてしまった。
そう、あたしはゆうちゃんに一度も『好き』と言った事が無かった。こんなに好きなのに。
あたしは、ハッとする。目を覚ました心がザワザワしてくるような感覚。ここは何処だっけ?あたしは何故ここへきてしまったのだろう。ここはもう二度と、ゆうちゃんの手を握ることのできない場所なのに。
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