サイリウム
2人の先輩に囲まれながらあたしはステージを見つめていた。これからここにゆうちゃんが立つだなんて全く信じられない。日頃ふざけてばっかりのゆうちゃんがステージで歌うなんて。
ゆうちゃんとはあの夜以来会っていなかった。大学でも見かけないし、連絡も来ない。あの日キスしたのは夢だったのかもしれない、とすら思っていた。好きの色に染まりかけていた気持ちも色々と気を紛らわせて上手に薄めてこれたと思っている。あともう一歩、という所だ。なのにこんな展開になるなんて。
ここへ来るまでずっとイヤホンでゆうちゃんの歌を聴いて来たけど声があまりに心に刺さるので戸惑っていた。あまりにもゆうちゃんの歌が素敵すぎて。あたしは、大丈夫だろうか。
ステージの袖から数名の人が現れて機材や楽器の前にスタンバイを始める。ザワザワしていた観客の空気感が急に変わる。あぁ、いよいよ始まってしまう。ゆうちゃんの出番は1番目。暗いままのステージに見慣れたシルエットが現れると一斉に観客が歓声をあげた。
「え…?」
すごい、女の子達の歓声。この子達ってみんなゆうちゃんのファンなの?
戸惑ったままのあたしはそのまま置き去りにされた。
始まったイントロを合図に、明るくなる照明と、衣装とメイクでバッチリきめたゆうちゃんが飛び込んでくる。
見た事のないキラキラしたゆうちゃんが歌い出す。聴きやすくてちょっと甘い芯のある歌声。
あたしはその歌声に聴き入りながらも、興奮しっぱなしでサイリウムを振り回す観客の女の子たちの中でどんどんと冷静になっていく自分を感じていた。
ステージのゆうちゃんは、まさに『プロ』って感じで堂々としている。みんなで遊んでいる時のゆうちゃんはどこにも見当たらない。客席では曲に合わせ同じ方向にサイリウムが揺れている。とても綺麗で眩しくて。
あぁ、やっぱり夢中にならなくて良かった…。この人があたしだけの人になる日なんて絶対に来ない。今気づけて本当に良かったんだ。
あたしは何故か、ホッとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます