ゆうちゃんの正体

「あー良かった、繋がった。ねぇ!今日の夕方って、暇!?」


仲良いグループのキヨさんから唐突に電話がかかって来たのは期末試験が終わって2日後の事だった。

午後の講義が全部休講だったので家に戻って映画を観ていた。ウトウトしていたので突然鳴った着信音のせいか心臓がうるさく鳴っている。電話越しのキヨさんの声もいつもと違って上ずっているし余計にドキドキさせられた。


「暇ですけど…どうしたんですか?」


「大変なの!ゆうちゃんがイベントで歌うんだって!」


「はぁ?」


あたしは思わず眉をひそめ首を傾げた。

ゆうちゃんがイベントで歌うって何だろう?キヨさんが言ってる『ゆうちゃん』と『歌』という2つの単語がうまく頭の中で繋がらない。

その位、ゆうちゃんと歌があまりにもかけ離れすぎていてキヨさんが何か間違えた事を言っているように思えた。


「ゆうちゃんて、ゆうちゃんですよね?」


「そう、あのゆうちゃん。今日ね、たーくんのとこに『チケットあるから暇そうなやつ誘って来て』って連絡があったんだって。私もびっくりしたんだけど、ゆうちゃんて『歌い手』やってるんだって。」


「歌い手…?えぇ?ゆうちゃんが歌い手??」


歌い手といえば確か、ネットで『歌ってみた』の動画を投稿したり生配信したりしている人の事だったと思う。あんまり詳しくないけど何となく動画サイトで見かけた事があった。人気の歌とかボーカロイドとかをカバーして歌う様な。


「あんまり顔出ししてないから周囲が気づいてないだけで、かなり人気の歌い手らしいよ。しかも活動名そのまんま『ゆうちゃん』なの。検索してみてよ!」


「え、なにそれ…ゆうちゃんのまんまって…。」


やっぱり何もかもが冗談みたいだ。騙されたような気持ちのままあたしはソファに転がっているタブレットを手に取った。さっき観ていた映画がまだ再生されている。それを停止して急いで動画サイトを立ち上げる。『ゆうちゃん』で検索をかけると可愛らしいイラストのアイコンがヒットした。どことなくゆうちゃんに似ているデフォルメされた垂れ目のキャラクターアイコン。チャンネル登録者数20万人を超えている。え、嘘でしょう?トップにあるミュージックビデオらしき動画のサムネイルもゆうちゃんに似せたイラストになっている。再生すると音楽とアニメーションが始まった。歌い出した声にびっくりする。それは確かにゆうちゃんの声だけど、全く違った。大人っぽくてお洒落で艶っぽくて上手く言葉が思い浮かばないけどとにかくプロの歌声だった。


「…これがゆうちゃん?嘘でしょう?」


夕方、あたしはキヨさんや、たーちゃん達と5人でイベントホールに居た。キャパシティ3000人を超えるメジャーな人が度々ライブを行うような有名なホール。出演する歌い手はみんな人気があるみたいで立見の席はもうこれ以上入らないほど人がごった返している。


「チケットがあるって言うからガラガラなのかと思ったら何これ。すげー人じゃん。」


たーちゃんが苦笑いした。たーちゃんはゆうちゃんと同じ4年生で、ゆうちゃんと特に仲が良い先輩だ。そのたーちゃんですら、ゆうちゃんが歌い手だという事を全く知らなかったらしい。


「ねぇ、ゆうちゃんは今まで隠し通してきたのに、どうして急に誘って来たんだろ。」


背の低いキヨさんが背の高いたーちゃんを見上げながら言った。


「いや、俺も聞いてみたのよ。別に隠すつもりはなかったけど俺らがボカロとかそっち方面全然興味無さそうだからあえて話さなかったんだって。」


「ふぅん、水臭い。言ってくれれば応援したのにねぇ?」


「でもさ、親しい友達に話してみて、いざ興味持って貰えなかった時のショックって大きくね?なんか俺、あいつの気持ち分かる気がする。」


「えぇ?そういうもの?私その感覚、よく分かんないわ…。」


たーちゃんの言葉にキヨさんが首を傾げた。



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