甘くて…

本当はもう飲めないし、飲みたくもなかった。お酒の美味しさも正直良く分かってない。それよりも朝からずっとはしゃいでいたせいで眠たくて仕方がない。


ゆうちゃんは部屋に来て真っ先にあたしの大好きな邦画のDVDを見つけ出して「これ観たかったんだよー。」と即プレーヤーに突っ込んでいた。

そしてまるで自分の部屋のようにくつろいで、ビールを飲み続けている。想像してた2人きりの雰囲気とは

全然違っていた。


やっぱり本当に暇つぶしで来たのかもしれない。


気持ちが緩んで眠気が増して、あたしはバレないように欠伸をした。こっそりソファの背もたれに身を任せて目を閉じた。ほんのちょっとだけ。そんな風に意識が遠のきかけた時「寝ちゃうの?」とゆうちゃんの声がものすごく近くで聴こえた。

目を開けると目の前にゆうちゃんの顔がある。うわ、と思ったけどもう身動き取れないくらい近くて、それに酔いが回りきっているあたしにはもうどうする事もできない状況だった。


「ベッドで寝る?」


ベッドという単語がなんだか怖くて首を振った。でもちゃんと首、振れてるのかもよく分からない。


ゆうちゃんの顔はニコニコして近いままだ。

誰とも共有した事のないくらい近い距離感。

はじめての距離感に戸惑いながらニコニコした表情でじっと見つめられる。知らない間にゆうちゃんの手はあたしの手を握っているみたいだった。色んな事をすっ飛ばしてゆうちゃんはいきなりここまで来てしまった。やっぱり慣れてる。この人は女の子にめちゃくちゃ慣れている。


失敗したな…と思ったのと、ゆうちゃんの唇が触れてきたのは全く同じタイミングだった。ゆらゆら揺れる意識の中で、ゆうちゃんの唇は何度もあたしに触れてきた。拒もうと思っても何も抵抗できない。ゆうちゃんは親指であたしの下唇をそっと引き下げて、開いた隙間から舌を入れてきた。それから本当に長い間、ゆうちゃんはキスを辞めなかった。


気がついたら部屋が明るくて、ゆうちゃんはもう居なくてあたしはソファで1人きりになっていた。

身体を起こして昨夜の出来事を必死で思い起こした。

あれから限界がきてしまったようで記憶が全くない。服は着てるし、思っていたより部屋は散らかっていないし、目は回るけど気分は悪く無かった。


だけど何かが全く違うような感覚だけがそこにあった。何かが新しく始まってしまったような、半分幸せで半分物哀しいような不安定な感覚。

テーブルの上のスマホを確認すると、ゆうちゃんから「帰るねー。お邪魔しましたー。」とメッセージが来ていた。


グループで会話した事はあったけど、個人でやり取りするのははじめてだった。

まっさらな画面に送られたそのはじめてのメッセージをあたしはしばらく眺めていた。自分が踏み込みたいのかこのまま立ち止まったままでいたいのか、分からない。ただ「昨日、好きな人にキスをされた」それだけは消えない事実だった。


それからテスト期間に入って暫くの間、グループで集まることも無かった。

ゆうちゃんから連絡は一度も無い。日が経つごとに、連絡が無い意味をあたしは理解し始めていた。

『酔った勢い』多分、そうゆう事だったんだろう。

自分が急浮上してある日突然彼の特別になる事なんて無いとあたしはどこかで知っていた。元々抱いていた予感が的中しただけだしきっと深入りすると傷つく相手だ。なるべくゆうちゃんとの事は忘れる方向で、あたしは気持ちを整えていた。

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