第24話 ピアスと手帳の先に(ラルフ視点)

 できあがった地図について、千束ちぐさ以外のメンバーにも共有することにした。ボクがチュートリアル応用編に挑んでいる動画も見てもらったほうがいいのかも知れないが、動画だと途中で一時停止したり、スローにしたり、大事なところを見落としたりする可能性がある。だから、先ずはチュートリアルをクリアするために必要な情報だけを書き込んだ地図だけを出して、動画はあとで見てもらうことにした。

 千束はさきほどの動画と仕上がった地図を見比べて、わからないところを確認する作業をしてくれている。

 この作業が終れば本格的にエマとマコトにも地図を配る。ユキ千束とエマ、マコトの三人が無事にチュートリアル応用編を終えたら動画を公開するのもありなんじゃないかな。


 最後にアルステラのオンラインモードをログアウトしてから7時間と少しが経過していた。動画を見ながら、地図の正誤をチェックするという作業は早戻しやスローモーションへの切り替えなどが発生してなかなか先に進まない。

 しかたがないのでボクはアルステラ関連の情報を収集することにした。少なくともアオイから冒険者のピアスの情報を聞き出したときは他に誰もチュートリアル応用編をクリアしたプレイヤーはいないと思っている。でも、それから1日は過ぎているし、どこかに情報が出ていてもおかしくはない。


「やっぱりないか……」


 アルステラの運営が管理するゲーム動画の配信サービスを探してみたが、動画で配信しているプレイヤーはいないようだった。ゲームのプレイ日記を書くためのサービスも運営が提供しているが、そこにも冒険者のピアスというキーワードで引っかかる記事はヒットしなかった。

 あとは乱立する非公式の情報まとめサイトを探すしかない。


「お疲れさまです」


 ARモードで情報まとめサイトを探し始めたとき、肩口から声を掛けられた。

 そこに立っていたのは江口エグチ悠馬ユウマ。中世的な顔立ちをした彼は、ボクと同じで四肢欠損のある男性だ。アルステラでは名前の最初と最後の文字を合わせ、エマという名でネカマエルフを楽しんでいる。

 悠馬の背後に寄り添うように立っているのが床間とこま普一しんいち。学生時代にラグビーをしていた彼は、実業団から声がかかるほどの実力の持ち主だった。だが、試合中の怪我でラグビーの世界を断念し、人を支える側になりたいと介護職を選んだらしい。寡黙だが、筋肉質で男らしい体をした彼は、名字を逆にしてマコトという名で一緒にアルステラを遊んでくれている。

 2人に向けて右手を挙げると、俺は「お疲れさま」と返事をして続ける。


「ちょうど、チュートリアル応用編のマップを作っていたんだよ」

「ああ、あれってやる必要あるの?」


 何ごとにも少し緩く考える傾向がある悠馬は、明らかに怪訝そうな声で俺にたずねた。


「アオイ、って覚えてる?」

「もちろんだよ。草原のところで会った、ランキング1位のハーフリングだよな?」

「そのアオイと生産ギルドで再会してさ。チュートリアル応用編の報酬を教えてもらったんだ」

「おおっ、何、何がもらえるの?」


 ガラリと表情が変わり、悠馬が食いつくようにボクに顔を寄せる。

 長いまつげや、髭もなく、きめの細かい肌にドキリとして、本当に男なのだろうかと頭に疑問が湧きだしてくる。


「冒険者のピアス。経験値が2倍になるアクセサリらしい」

「なんだって!」

「それは……」


 話を聞いていた普一まで驚いて声をあげた。静寂の森でバトルウルフを倒すまでに戦ったMOBは数百匹もいた。単純に考えるだけでそれが半分になるわけだ。驚くのも不思議はない。

 驚いて固まっている2人に向けて、ボクはさっき悠馬から受けた質問をそのまま返すことにした。


「やる必要は?」

「「あるっ!」」


 即答だった。


 千束によるチュートリアル動画と地図の確認作業はあと少しかかりそうだったので、2人にはボクの作業を手伝ってもらうことにした。

 情報まとめ系サイトや、ウィキと呼ばれる情報サイトを手分けして確認していく。


「お、おい」


 XRDのARモードでどこかの情報サイトを開いている悠馬が声をあげた。

 その声には明らかに驚いた様子が含まれていて、全員が悠馬に目を向ける。


「どうした?」

「条件発生型クエストって知ってるか?」

「いえ」「知りません」


 千束と普一が即答した。でも、ボクはアオイからその存在を聞かされていた。


「えっと、一定の条件を満たしていれば発生するクエストだよね。確か……漁師で100㎏以上のブラックバレットを釣ることだっけ?」

「なんだそれ、今話題になってるのはナツィオ村でエレナという少女に会うと、クエストが始まる……みたいな」


 アオイから聞いた話と違うが、そういえばアオイは「例えば――」と言って説明を始めたはず。他にも条件発生型クエストがあってもおかしくはない。


「ある一定の条件を満たしたプレイヤーだけが受けられるクエストって書いてある。ただ、その条件は誰でも満たすことができるみたいだ」

「それはどこに書いてあるんだい?」

「アルステラウィキ。最新情報から飛べるよ」

「ありがとう。見てみるよ」


 悠馬に礼を言って、アルステラウィキに飛ぶ。

 確かに、最新情報には「クエスト一覧を更新しました。条件発生型クエストを追加しました」とある。

 指先でリンクに触れると、ページが切り替わった。


「これは……」


 その報酬を見て、思わず声が漏れた。


 冒険者手帳――MOBの図鑑を作成するための手帳。MOBの種類別に討伐数が定められており、達成すると報酬として経験値が貰える。また、フィールドに存在するMOBの種類数に応じてボーナス経験値が貰える。


 そして確信した――アオイはピアスと手帳の先にいる。


 冒険者のピアスで経験値が倍。冒険者手帳でボーナス経験値を貯めて行けば、他のプレイヤーたちを置き去りにする早さでレベルアップが可能になるだろう。それを体現してみせたのがアオイなんだ。


「……すごいな」

「ああ、これも欲しい」


 ボクはアオイがすごいと思ったのだが、漏らした言葉を拾った悠馬のほうは、冒険者手帳の効果に驚いているようだった。

 詳しく内容をみてみると、ナツィオ村で完了済のメインクエストをキャンセルし、再受注することで既にグラーノに到達しているプレイヤーでも受注できるらしい。


「この冒険者手帳の経験値に、冒険者のピアスの効果が適用されるのかな?」

「そう、それも気になるよね。手帳の効果も倍になったらヤバイよ」


 マコトがボソッと零した言葉を悠馬が拾っていく。

 ボーナス経験値が倍になるとなれば、メンバー全員が入手するのが当然だろう。いや、倍にならなくても入手が必須だ。


「ふう、やっとできた!」


 千束が動画と地図の比較作業を終え、大きく息を吐いて言った。

 10分ていどの動画とはいえ、地図に起こした内容と動画の動きを確認するとなれば本当に手間で、大変だったと思う。


「確認ありがとう」

「ど、どういたしまして」


 千束が右手をぶんぶんと振りながらはにかんでいる。さっきから様子がおかしいけれど、谷間にボクの顔を挟んだのは彼女自身だ。ボクは悪くない。


「とりあえず、全員が地図を覚えて冒険者のピアスを手に入れる。そのあと、皆でメインクエストに挑んで冒険者手帳を手に入れるってことでいいかな?」


 せっかくアルステラをプレイしている4人が揃っているんだから、この場で今後の進め方を決めておくほうがいいだろう――そう思って問いかける。


「異議なーし」

「オッケー」

「問題ない」


 千束、悠馬、普一の3人はそれぞれの特徴がみえる言葉でボクの問いかけに返事をした。





*⑅୨୧┈┈┈┈┈ お知らせ ┈┈┈┈┈୨୧⑅*


カクヨムコン10、ライト文芸部門に新作を投稿しています。


星降る食卓

https://kakuyomu.jp/works/16818093074372435300


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