第9話 城の中

 少し薄汚れた布製の服に皮鎧を纏った門衛や、町で見かける商人や職人たちが着ている服とは異なる上質な生地を見るに、目の前の男はそれなりの地位にあることがわかる。


  <鑑定>

  名前:セバス

  種族:ブラウニー族

  職業:家令

  状態:疲労

  好感度:☆☆☆☆☆


 身長が私よりも20㎝ていど低いことや、種族適正を考えると、ブラウニー族の男性なんじゃないかと鑑定してみたけれど、間違いないみたいだね。

 あ、そういえば、他のNPCも鑑定しておけばよかったかな。


「はい。アオイと言います」

「ふむ、私がセバス。グラーノ領主オルランディ家に仕える家令をしている。早速だが、ニケから預かった荷物をみせて欲しい」

「えっと、どちらに出せばいいですか?」

「ここにあるテーブルではだめか?」


 セバスは鉄扉を潜った先にあった木製のテーブルを指さして言った。

 普通の荷物なら特に問題ないと思うし、ここはゲームの中だから細菌やウィルスなどが付着して繁殖するような設定まではないかもしれない。だけど、高級なブラックバレットを何に使われているかもわからないテーブルの上に置くのには私もさすがに抵抗がある。


「晩餐会の料理にして出すような食材も含まれているわけですし、清潔な台の上に置くのが良いと思いますよ。」

「ふむ、確かに……では厨房なら良いだろう?」


 セバスは顎に手をあて、少し考えてから言った。

 私が頷いてみせると、セバスは先に立って歩きはじめる。城の中は城門から道が続いていて、建物の中央付近で円を描いている。馬車のような乗り物の方向転換が必要ないように考えられているのだろう。道の右側には馬房が並び、続いて豪奢な馬車が3両並んでいる。来客の馬車も停められる馬車庫になっているようで、10両くらいは置けるほど余裕があった。


 セバスは、馬車庫の最奥に向かって進み、扉の前に立ってノックをした。


 ガチャリという音がして、扉が内向きに開く。


「セバスじゃないか、普段は屋敷の中から厨房にくるあんたが勝手口からだなんて珍しいね。どうしたんだい?」


 扉の奥から女性の声がした。

 勝手口、という言葉から中は厨房なのだろうか。


 考えているうちに2人の間で会話は進んでいく。


「晩餐会の食材が届きましたので、冒険者がニケの代わりに運んできてくれたので確認してください」

「やっと届いたのかい? とりあえず、中にいれとくれよ」

「承知した。アオイさん、よろしいですか?」

「あ、はい。おじゃまします……」


 呼ばれて扉のほうへと向かい、中を覗き込む。やはり、扉の中は厨房になっていた。大勢の客を満足させる料理を出すためか、バスケットボールができるくらいの広さはあるんじゃないかな。いくつも調理台やコンロが並んでいて、バスケットボールは無理だけどね。あと、面白いことに厨房の中に階段があって地下に下りられるようになっている。


「そんなところに突っ立ってないで、中に入んな」

「は、はい」


 セバスの相手をしていた女性もセバスと同じくらいの身長だから、ブラウニー族だろう。


  <鑑定>

  名前:ヘスティ

  種族:ブラウニー族

  職業:調理師

  状態:健康

  好感度:☆☆☆☆☆


 火と水の精霊の加護があることを考えると、ブラウニー族は調理師に向いた職業なのかもしれない。


「ここに預かってきた食材を並べてくれるかい?」


 私は首肯で返事をすると、インベントリから預かったアイテムを並べる。まずは食材ではない砥石から。続いて米、ワサビを調理台の上にのせた。


「どれも最高級品だねえ、ニケも今回は頑張ったねえ」


 砥石を手にヘスティが言った。

 米やワサビに私は関係していないけれど、この砥石は自分が採掘してきた石で作られている。「それ、採ってきたの私です」と、言いたいところだけれど、まだ荷物は残っている。


「これで最後です」


 言って、100㎏越えのブラックバレットを調理台の上に置いた。


「おおっ!」

「こ、これは……すごい」


 ヘスティは思わず声を漏らし、セバスは驚嘆の声をあげた。

 ほとんど自分の身長と変わらない大きさがあるブラックバレットが現れたのだから、2人が驚くのも無理もない。


「最近はなかなかブラックバレットが釣れないと聞いていたけど、これはまた立派だねえ。これはあんたが?」

「ええ、釣ってきました」

「あんたの体重の倍以上あるだろうに、よくやったねえ」


 ヘスティは私の背中をバシバシ叩きながら言った。どうやら扉の中に入った時点で職業ギルドのギルマス部屋のように別のインスタンスになっているみたいだね。通常なら触ることができないNPCに触れることができるみたい。まあ、バシバシと叩かれても全然痛みは感じないし、バシバシと叩き返すようなものでもないからいいんだけどね。


「あたしゃ、ヘスティってんだ。この城で料理長みたいなことをやってるんだ」

「みたいな?」

「先代の料理長は男だったんだけどさ、どこぞの伯爵様のところに引き抜かれちまったんだ。で、気がつけば最長老だったあたしが料理長みたいなことをさせられてるんだよ」

「へえ……」


 名前は鑑定済だから知っていたけど、正式に料理長に任命されているわけじゃないってことなんだね。でも、晩餐会の料理をやり遂げれば、料理長に認めてもらえるんじゃないかなあ。


「あんた、名前は?」

「あ、Dランク冒険者のアオイといいます」

「アオイ、あたしゃあんたが気に入ったよ。またいい食材が手に入ったら持っといで。ギルドの買取り価格より色つけて買い取ってあげるよ」


《食材の買取り窓口が追加されたのです》


「わあ、ありがとうござます!」


 冒険者のピアスのおかげで経験値は倍になっているし、冒険者手帳もあるからレベルは上がりやすいけど、報酬は倍にならない。だから、どうしても金欠気味になってしまうので、ヘスティの申し出はとてもありがたいんだよね。


「では、城門の通行証が必要ですね。こちらを……」


《グラーノ城門通行証を入手したのです》


「ありがとうございます」

「これで、グラーノ城内には自由に入ることができます。但し、厨房以外の場所には入ることはできないのでご注意を」

「わかりました」


 確かにセキュリティを考えると、城内に入れても、他にも自由に出入りできるようにはならないよね。


「アオイが持ってきたものをみるに、君は漁師ギルド、採集ギルド、採掘ギルド、農業ギルドの各ギルドマスターから高い評価を得ているようだね。さあ、こちらはニケからの依頼達成に対する報酬だ」


《条件発生型クエスト「領主へのお届けもの」を達成したのです。

 5,000リーネを入手したのです。

 ミッドレンジギャザラーセットSを入手したのです》


「ありがとうございます!」


 最後は調理師ギルドのニケから依頼を受けたとはいえ、このクエストはギャザラー職が全部レベル15以上になってから達成できるものだから、この報酬は妥当だよね。

 たぶん、基本的なデザインは普通のミッドレンジギャザラーセットと同じなんだろうけど、どう違うんだろう。






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