第8話 領主の城
テツコの家を出て、私は領主の城を目指して歩いていた。
グラーノの町はグッドマンが門番をしている南側の門をくぐった先にポータルコアがある。ポータルコアから伸びる大通りの西側が工業地区で、工房や生産ギルドがある。東側と北側は商業地区になっていて、商業地区を北に抜けたところが大神殿だ。
(わあ、大神殿もプレイヤーが増えたね)
《僧侶ギルドに手紙を届けるクエストや、時計の部品を届けるクエストがあるからなのです》
(あ、そうだったね。僧侶でレベル20を超えているプレイヤーはいないんだっけ?)
《ランキングでは少しずつレベル20のプレイヤーが増えているのです。僧侶のプレイヤーも中にはいるのですよ》
(へえ、そうなんだ……)
時間が経てばレベル20の人が増えてくるのは当然だけど、レベル20になったからといって職業クエストをすぐに受けに来るプレイヤーも少ないと思うんだよね。
ノアからアルステラウィキの編集者というプレイヤーに生産職のチェーンクエストについての情報を提供してもらってから小一時間ほど過ぎている。そろそろ生産職のチェーンクエストを受けてきた人が大神殿まで来ていても不思議じゃない。
(生産職のチェーンクエストは、最初にギルドの勧誘を断らないと始まらかったけど、他にも開始条件はあるんだよね?)
《はい、あるのですよ》
他の開始条件があったとしても、私は既にクエストを済ませているので受けられないから確かめようがない。先に鍛冶屋になってしまったり、裁縫師になってしまったりしたプレイヤーも多いと思うけれど、その中の誰かが同じクエストを受ける方法を見つけてくれればいいな。
大通りは教会をぐるりと囲むように円を描いている。通りに沿って歩いていると、東西に延びる大きな道に出る。この通りから北側が居住区になる。北湖ダンジョンに向かう際に一度だけここを通っているんだけど、居住区域に入ってすぐだと小さな家が多く、城に近づくにつれて大きな家に変わる。城は権力の象徴だけど、いざというときには最も安全な場所として使われるんだろうね。だから、城に近くて逃げ込みやすく、更には南側の門から離れているので外敵に襲われてもじゅうぶんな時間稼ぎができる――そういう場所には金持ちが暮らす大きな家が建つ。これが王都なら、城の周囲はほとんどが貴族の屋敷になんだろうな。
などと考えているうちに、領主の城の門前にある十字路に到着した。
左右に分かれる道は城の周囲を囲むように作られた城壁に繋がって北湖ダンジョンに繋がっているが、正面に伸びる道は城門から降ろされた跳ね橋の先に続いている。
(先ぶれとか出さなくていいのかな)
《貴族同士でもない限り、先ぶれは必要ないのです。城門の先に通用口があるので、そこで門衛に用件を伝えるのですよ》
よく見ると、跳ね橋の先に馬車などが出入りできるくらい巨大な鉄格子のような扉があり、その隣に小さな鉄扉がある。のぞき窓のような穴が開いている。鉄扉にはドアノッカーがついているので、それで門衛に知らせるのだろう。
ドアノッカーはカイトシールドを模した形で、中央に吠えるライオンのような生き物の頭部と、2本の剣が交差した意匠が凝らされている。
(これが家紋なのかな?)
《グラーノの領主家は戦場で赤獅子と呼ばれた騎士から連なる家系なのです。現在は子爵家なのですよ》
(へえ、そうなんだ……)
ナビちゃんと会話しつつ、私は重厚なリングを持ちあげてドアノッカーを鳴らした。扉が鉄製なので、甲高い金属音がすると思って身構えたのに、そうでもないので拍子抜けしそうだ。木の扉に、叩いて伸ばした鉄の板を貼ってあるだけなんだろうね。
カタンと音が鳴り、鉄扉についた小窓が開いた。鉄扉の向こう側は薄暗く、影になっているせいでそこから覗く2つの目の他は黒く塗りつぶされたように見える。
「だ、誰だ」
扉の向こう側から誰何する声が聞こえた。鉄扉を挟んでいるせいか、少し聞き取りにくい。
「Dランク冒険者のアオイと言います。調理師ギルドのニケさんから、晩餐会に必要な食材をセバスさんに届けるように依頼されてきました」
「冒険者なら冒険者カードを持っているだろう。見せてくれ」
「はい、どうぞ」
冒険者カードを取り出して小窓から見えるように掲げると、隙間から覗いた目が文字を追っているのが見える。
「む、確かにDランクの冒険者のようだな。セバスに確認するから、ここでしばらく待ってくれ」
鉄扉の窓が閉じられると、扉の向こう側が少し騒がしくなった。2人ほどが駆けだすような音が聞こえる。
ゲームとはいえ、ちゃんとセバスを呼び出しにいくところは本当に細かく作りこまれている。
(ねえねえ、ナビちゃん。ここの領主ってどんな人?)
《グランディア王国のグラーノ州を治めるオルランディ子爵家の8代目当主で、名前はギド・デ・オルランディなのです。年齢は34歳なのですよ》
(その、オルランディ子爵の種族は?)
《ヒト族なのです。グランディア王国は獣人族、妖精族などとの共生を掲げる国なのです。アオイがハーフリングだからといって、差別的な扱いをされることはないのです》
町の人たちを見ていてわかるけれど、様々な種族の人たちが共に暮らしているし、種族感で争いが起こるような雰囲気もない。ログインしたばかりの時のことを思い出すと、プレイヤーのほうが差別的な扱いが酷いかも知れないね。
(子爵って、階級的にはどのあたりの貴族なの?)
《公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵、騎士の6階級があるのです。子爵は上から4番目の位なのです。騎士は男爵と同等の扱いとなるのです。ただ、当主が死ねば、爵位はなくなるのです》
(それはたいへんだね)
騎士から男爵、子爵になるとすれば、騎士としての十分な働きを王に認めてもらう必要がありそうだよね。
《初代オルランディ子爵家当主のジジ・デ・オルランディが活躍した時代なら国家間の戦争があったので、そこで武勲をたてることができたのです。でも、最近は魔物の討伐が主流になってきているので、陞爵するのはとても難しいのですよ》
(まあ、軍隊って戦争をするためにあって、魔物と戦う冒険者と住みわけができているなら難しくなるのもしようがないよね……)
ナビちゃんに貴族制度の講義をしてもらっている間に、城の奥のほうから数名の人が向かってくるのを感じた。
気配察知を常時使っているわけではないけど、足音の数とかであるていどわかっちゃうんだよね。私は元々目が見えないから、聴覚も発達しているし……。
やがて、通用門として使われている鉄扉が大きく軋む音を立てて開く。
扉を開いているのは大柄なヒト族の男性だった。日に焼けた褐色の肌に黒い髭が顎周りをぐるりと覆っていて、とても筋肉質だ。
覗き窓からこちらを見ていた男性の目だけが強調されていたのは、この肌色も関係するのかも知れないね。
「君がニケから食材を運ぶように頼まれたという冒険者かね?」
私は慌てて声の主に向かって向き直った。
そこには、白髪交じりの髪をオールバックにまとめ、口ひげを生やした身長120㎝くらいの男性が立っていた。
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