第7話 テツコの決意

 テツコが私に依頼していたクエストのことを思い出したので、早速ウォーリーのことについて私は説明する。


「ウォーリーなんですけど、ただの猫じゃないみたいです」

「あら、ただの猫じゃないって――鳴き方や鳴き声だとか、見た目だとか、仕草だとか。どこから見ても猫じゃないの。それとも、誰かの飼い猫だったりしたのかしら?」

「猫は猫なんですけど、種族が癒し猫という種族なんです」

「卑しい猫ですって?」


 テツコは訝しげな眼差しで私を見上げて言った。

 私の滑舌が悪かったせいもあるだろう。慌てて、誤解を訂正する。


「違います。癒し猫です。い・や・し・ね・こ」

「まあ、いやしねこ、癒し猫ね!」


 テツコの顔から訝しげな表情が消え去り、ふわりとした笑顔が広がる。


「そうです。癒し猫です」

「ええ、聞いたことがあります。確か、人に寄り添ってくれるのだったかしら。誰かの家で飼われるというのを嫌うとか、嫌わないとか……」

「寂しがっている人、悲しんでいる人、怒っている人のところに現れては、そういう人々の心を癒す習性があるそうですよ」

「道理で私の家に住みついてくれないわけね」

「はい」


 自分を必要とする人のところに現れる、という習性があるからこそ、決まったところに落ち着くことができない。人に飼われるだけが猫の生き方じゃないって、それを地でいくなんて格好いいな。言葉が通じないだけに、態度だけでそれを示しているから、更に格好よく感じるんだろうね。


「あの子、夫が亡くなって寂しい思いをしていた私を癒そうと来てくれていたのね」

「ええ、そうだと思います」

「じゃあ、今もこの町で寂しい想いをしている人や、悲しい思いをしている人のところにいる、ということかしら」

「ええ、イライラしている人、怒っている人かもしれませんけど……」


 ふと、ウォーリーを抱いているリリアの姿を思い出した。

 アンガーとアングラー、親子仲があまりよくないみたいだったけれど、日常的にあの家にはウォーリーが顔を出していたのかも知れない。だから、「メガネちゃん」という名前をつけて可愛がっていたのかな。


「……そう、そうだったのね」


 テツコは俯き、溜息をつくように言った。


「はい。だから寂しいと思うときには必ず来てくれますよ」

「そうじゃない。そうじゃないのよ」


 テツコは活力にあふれた力強い目で私を見上げていた。


「言われてみれば、夫を亡くして思い出に浸っているときになるとあの子は私の前に現れたの。でもね、考えてみると夫を亡くしてもう10年以上経っているの。他にも悲しい思いや寂しい思い、辛い思いをしている人たちはたくさんいるというのに、私のところに毎日のように通ってくれた。私もそんなウォーリーに甘えてしまったところもあるのね。だから、そろそろ他の人のためにウォーリーを解放すると言いますか、ウォーリーの好きなようにさせてあげないといけないと思ったの。どうかしら?」

「素晴らしいと思います!」

「うふふ、ありがとう。

 ああ、こんなにも前向きな気持ちになれたのは何年ぶりかしら。ウォーリーのことを調べてくれて本当にありがとう。こちらは、報酬よ」


 テツコが手を差し伸べると、アイテムがインベントリに吸いこまれていく。


《クエスト「ウォーリーを探せ」を達成したのです。

 初級魔力回復薬を入手したのです。

 5,000リーネを入手したのです》


 残念、レベルが上がるほどの経験値はなかったみたいだね。もうレベル27だし、必要経験値が相当な量になっているんだと思う。


「ありがとうございます」

「いえいえ、いつも私の心を癒してくれる存在が、他の人にも必要とされる存在であることを知ったのよ。独占するなんて考えられないことですし、いつまでも悲しんで、寂しがってばかりいるわけにはいきませんもの。そうと決めたら、行動に移さなきゃいけないわね」


 テツコは球根状に結わえた髪の中に手を入れ、そこからキャンディを2つ取り出した。


「まずは元気を出さないといけませんし、あなたにもキャンディを差し上げるわね」

「あ、ありがとうございます」


 手を差し出すと、インベントリにキャンディが吸いこまれる。


 <鑑定>

 名前:テツコのキャンディ

 説明:テツコの髪の中に収納されていたキャンディ。定期的に

    話しかけるともらえる。

 効果:特になし


 効果は特にないんだね……貰う意味があまりないような。


「これからどうするんです?」


 なんだか吹っ切れたような表情をしたテツコを見て、私は思わずたずねていた。


「そうね、ナツィオに住む妹のステラの顔でも見に行こうかしら。王都にいる弟のリクローに会いに行くのもいいわね」

「テツコさんはステラさんのお姉さんだったんですね」

「そうよ、ステラを知ってるの?」

「ええ、ナツィオではお世話になりました」

「私はキャンディづくりが好きなんだけど、あの子はクッキーを焼くのが得意なのよね」


 私はステラから貰ったクッキーをインベントリから取り出し、テツコに見せた。


「これですか?」

「あら、ステラのクッキーじゃないの。お互い歳をとって行き来しなくなったから最後に食べたのは何年も前のことね。懐かしいわ……」

「キャンディのお礼です。どうぞ受け取ってください」


 ゲーム内の食べものはほとんど味がしないし、ステラのクッキーには食事効果など付与されていない。これを食べられることでテツコの心が少しでも満たされるなら、キャンディのお礼に差し出すくらいでちょうどいいと思った。それに、テツコのキャンディは話しかけるとまた貰えるみたいだから、ステラのクッキーも声掛けさえすれば追加でもらえるんじゃないかな。


「あら、いいの? じゃあ、遠慮なく……そうだわ、お茶でもご一緒しない?」

「いえ、そこまで甘えるわけにはいきませんから」


 自分でも上手く断れたと思う。このままお茶に突入したら、あと1時間はここから逃げられない。そろそろバイタルアラートが出そうだし、お暇するのがいいよね。


「あら、そう……」

「また今度来たときにお茶をいただけると嬉しいです」

「そう、よね。じゃあ、そういうことにしましょう」

「はい、ありがとうございました」


 頭を下げ、私はテツコの家を出るべく扉を開いた。

 隙間から赤と白の縞模様の猫がテツコの家に入ってくる。あっ、という声をあげる間もない、一瞬のことだった。


「まあ、ウォーリーちゃん!」


 テツコの嬌声があがると、駆け寄ってくる足音が背後から聞こえた。


 ウォーリーはどうして決意を新たにしたテツコの家に入っていったのだろう。

 もしかすると、寂しさや悲しみから解放されたテツコにお別れの挨拶に来たのかな。それとも、私がテツコのところから出て行くことがテツコにとって寂しいことだったのかな……さすがにそれはないかな。


 さて、これでサブクエストは全部終わったはず。

 ダンジョンの第3層でホバーコアを取ってこないといけないし、漁師のクエストも第3層で刺突漁をするんだっけ。

 北湖ダンジョンまでグラーノのポータルコアに飛んで、そこからブランチポートを使うか、少し先に見える領主の城を通っていくか……どっちにしようかな。




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