第4話 親子喧嘩
スカウトセットSに着替えを済ませ、私は生産ギルドから町に出た。
生産ギルドの1階は相変わらずプレイヤーが多くて、プレイヤー同士は接触できず、すり抜けてしまう仕様じゃなかったら大変だったと思う。
とはいえ、目の前にいる誰かに自らぶつかっていくように進んで行くのもなかなか慣れない。特に巨大な虎人族や獅子人族、熊人族などのプレイヤーは壁のようだからね。
生産ギルドの前にある通りの中央あたりまで進んで、ひと息つくと私は辺りを見回してナビちゃんに問いかける。
(えっと、リリアに報告に行きたいんだけど、どう進めばいいのかな?)
《ナビちゃんはナビゲーターだから、案内するのです》
ナビちゃんが張りきった様子で、私の前をひらひらと飛びながら進み始めた。
マップを埋めるクエストを受けたので、どこにアンガーの家があるかは町のマップを開けば確認できるけれど、ナビちゃんの仕事を奪うわけにはいかないからね。
何度か見かけた建物をみつけては、「何だったかな」と思いだしながら地図をチラ見してナビちゃんについていくと、家の前で露店を開いているアンガーを見つけた。その隣にいるのは、アングラーとリリアだ。何か大声で言い合っている。
「やっと帰ってきたと思ったら、たったのこれだけか」
「仕方ねえだろ、ブラックバレットがいたせいでジェットスクイドが釣れなかったんだからよ」
「だったらブラックバレットを釣ってこいってんだ、このバカ息子!」
「釣れるかどうかは運次第なんだからしようがねえだろうが、このクソ親父!」
「ねえ、お父さんも、お兄ちゃんも喧嘩しないで……」
激しい口調で言い合っている2人に挟まれるようにして、リリアがか細い声で仲裁しようとしている。
アングラーの言うとおり、北湖ダンジョン第3層の海には確かにブラックバレットがいてジェットスクイドが釣れなくなった時間帯があったけれど、そのブラックバレットは私が釣ったよね。そして、アングラーはそのあとも同じ場所で釣りを続けていたと思うんだけど……。
アンガーは顔を真っ赤にして更に声をあげた。
「おめえの腕が悪いだけだ! もっとまじめに修行してきやがれ!」
「うっせえ! 自分は漁に行かないくせに偉そうなこと言ってんじゃねえよ!」
アンガーの声量に合わせ、アングラーの声も大きくなってくる。それを仲裁しようとするリリアは、叫ぶような声で言った。
「もうっ、やめてって言ってるでしょっ!!!」
その悲痛な声に驚いたようにアンガー、アングラーの2人は目を合わせる。
注目が自分に向かったことを確認するように、リリアは交互に2人の目を見た。
「まずお父さんが悪い。ブラックバレットはジェットスクイドを食べる。だから、ジェットスクイドが逃げてしまって釣れない。だからブラックバレットを釣ろうと思っても、ジェットスクイドを餌にしないとブラックバレットは釣れない。ジェットスクイドが釣れないのにブラックバレットが釣れるわけがないじゃない。なんで無茶な理屈を言うの?」
「そっ、それはだな……」
「お兄ちゃんも悪い。釣れないなら釣れないで他の魚を釣りに行けばいいじゃない。餌になるジェットスクイドがいなくなればブラックバレットもいなくなる。他の魚を釣りに行っている間に、ブラックバレットがいなくなってジェットスクイドが戻ってくるかも知れないでしょう?」
「あ、うん。そ、そうだな……」
完全にリリアによって沈黙させられるアンガーとアングラーを見ていると可哀想になってくるけど、リリアの言ってるのも正論なんだよね。
リリアに責めるように言われたせいか、アングラーが視線を泳がせると視界に私が入ったのか、さっきまでと違って明るい表情を見せた。
「お、アオイだ。おーい!」
どうやら都合よく話の方向を変える相手が見つかったようで、アングラーは私に向かって大きく手を振った。それに釣られるように、アンガーとリリアも視線を私に向ける。
「あ、お姉ちゃん!」
「なんだ、嬢ちゃんじゃねえか」
「ん、親父も、リリアもアオイのこと知ってんのか?」
驚いたように声をあげたアンガーとリリアを見たアングラーは、2人が私のことを知っていることを不思議そうに言った。
「こんにちは。町の地図を埋める依頼をうけたときにこちらにお邪魔したんです。そのときに、アンガーさんから肉を分けて欲しいと言われて、手持ちの肉をお分けしたんです。あと、いつまで経っても戻ってこないアングラーさんを探して欲しいとリリアちゃんから頼まれてたって話をしましたよね?」
「そうだったな。でもまあ、世の中は広いようで狭いもんだな」
アングラーは両腕を組んで頷きながら言った。
確かに、偶然にもこの3人と関ることになるというのは不思議なことなんだけど、あくまでもここはゲームの中の世界だからね。ゲーム運営側の都合がいいように作られているのはしかたがない。
「なんだ、嬢ちゃんはうちのバカ息子を知ってんのか」
「ええ、そこのダンジョン第三層ではお世話になりました」
私はアングラーに頭を下げた。
第4層に向かうとき、タイニークラーケンやキラーフィッシュの情報を先に得られていなかったら、今ごろどうなっていたかわからない。
「へえ、こいつが役に立ったのか?」
「お父さん?」
胡乱気な表情でアンガーが私にたずねると、鋭い視線でリリアがそれを制した。
アンガーは、慌てて視線をそらすが、「こいつ、母親そっくりになってきやがった……」という声が聞こえてきた。
「お姉ちゃん、さっきお兄ちゃんから聞きました。ダンジョン第3層で釣りをしているところに行って、私が探してるって伝えてくれたそうですね」
「うん、そういう約束だったからね」
「ありがとうございました。これ、約束のお礼です」
《クエスト「お兄ちゃんが帰ってこない」を達成したのです。
30,000リーネを入手したのです。
魔力回復薬(小)を入手したのです》
「こちらこそありがとうございます」
礼を告げて報酬を受け取ると、リリアが続けて話しかけてくる。
「お姉ちゃんからも言ってくださいよ。この2人、喧嘩ばかりするんですよ。いい加減、仲良くしてくれないと私も心配でお嫁に行けなくなっちゃう」
「何を言ってる。リリアは嫁になんて行かなくていい。ずっと父さんと一緒にいるって言ってたじゃないか」
「何だと、もうリリアを嫁にもらいたいとか言ってる男がいるってのか? どこのどいつだ!」
「もう、2人ともこういう話のときだけ、意見が合うんだから……」
嫁入りはまだ早いだの、俺が許さんだのとアンガーとアングラーがリリアに語り掛けているが、当のリリアは呆れた顔をして私に苦笑い浮かべた。
アンガーとの関係を見て、アングラーが7日も地上に戻らなかった理由がわかったような気がしたけど、リリアがいればこの家族はひとつになれるみたいだね。
(家族っていいなあ……)
《そうなのです?》
独り暮らしが2年も続くと、たまに実家が恋しくなる。とはいえ、父は海外に赴任しているから、家族が揃うってことは滅多にないんだけどね。
こういうことは機械精霊であるナビちゃんには難しそうだ。
(うん、そういうもんだよ。次はテツコの家に案内してくれる?)
《こっちなのですよ》
私はアンガー家の人たちに手を振りながら、私はナビちゃんが手招きする方向へと歩き出した。
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