第45話 ラルフのチュートリアル(2)
水分補給と食事を済ませたボクは、XRD内のメモ帳アプリを開いてチュートリアル応用編のギミックを書きこんでいた。
チュートリアル応用編では壁を蹴って駆け登り、建物と建物の間を飛び越えて、時には窓に飛び込んだり、木に飛び移ったりしながらゴールを目指す障害物競走……いや、パルクールのようなミニゲームになっている。とはいえ、駆け上がる壁は10m近くあったり、5ⅿ以上ある建物と建物の間を飛び越えたりしないといけない。そのコースをほぼ全速力で走り抜けていくから、目の前の障害物のせいで、コースの先が読めないということが何度も起こる。その結果、難しい場所をクリアした瞬間に建物から落ちていたり、コースアウトしてしまってゴールできなくなったりする。
そこで、先ずはチュートリアル応用編のコースをいくつかのステージに分割して、それぞれのポイントをメモ帳に書き込むことにした。ステージ間の注意すべきポイントもまとめて書きだしている。
アオイの言うとおり、経験値が2倍になるアクセサリを貰えたなら、このメモをまずはパーティメンバーであるユキ、エマ、マコトの三人に教えようと思う。実際にそのアクセサリーを見てもらい、その効果を知ってもらえれば皆もチュートリアル応用編にチャレンジしたいと思うだろうし、ボクの書いたメモをもとに進めればクリアできるだろう。そうすれば、全員がアクセサリーを手に入れ、今までのように一緒にレベルアップできるはずだ。
窓から飛び出し、街路樹の枝に降り立つ。枝の根元を蹴って3本上の枝に移動したら、隣の木の枝に飛び移り、今度は枝の根元を踏んで4つ下の枝に移動。その先から公園の藤棚に飛び移る。藤棚の上を駆け上がると、再び木の枝に飛び移り、3本上の枝に移動。次の木の枝に飛び移るのを2回繰り返した先に見える建物の4階窓に飛び込む。
ボクは筆を止めた。実は、前回はここで勢いが足りずに失敗した。
もう1つ上の枝だと、窓が遠くなる。4つ上だと高すぎて窓に飛び込む角度がなくなってしまう。
アルステラはXRDを用いたVRMMORPGなので、五感を再現することができている。視覚、聴覚はほぼ完全再現されていて、味覚、嗅覚はプレイヤーの脳に影響を与えるため、触覚の中でも痛覚はプレイヤーの精神に影響を与える場合があるため、制限されている。つまり、何かを握ったときの感覚は残るようになっている。
「試してみるか……」と、ボクは義手の先を見つめて呟いた。
再びゲームにログインし、チュートリアル応用編を再開する。
先ずは、第1ステージ――走りだすと、正面に箱状の部屋を積み上げて作ったような建物が見えてくる。3つ繋がった▼が点滅して表示されていて、ボクは▼が指す場所を目指して、地面を蹴る。続いて、正面にある部屋の壁を蹴り、次に右隣にある突き出た部屋の壁を蹴って、再び正面の壁を蹴って上にある手摺りに手を伸ばした。
勢いを使って右手、左手の順に手摺りを握ると、ボクは壁に足をかけて上段に上がった。次も同じように壁を蹴り、手摺りを捕まえて1段上に上る。
「ヨッ!」
「ホッ!」
別に出す必要もない掛け声を上げながら10個目の建物を上がると、第2ステージに入る。初めての人からすると迷路のようになっているので戸惑うかも知れないが、結局は1つの出口に戻ってくるようになっている。このあたりは何度もチャレンジしているので造作なくクリアしていく。
第3ステージは、ビルとビルの間にある道路を飛び越えるというもの。5mから8ⅿはあろうかという道路を、建物の10階の高さで飛び越えていくのだから、最初は脚が竦むが……何度も落ちたボクにとっては、もう慣れっこだ。
第4ステージになると、難易度が一気に上がる。おそらく第3ステージまでは落ちたりすることへの恐怖感に馴らす場。第4ステージから先は、更にアバターを操る力をつける場に設定されているんだろう。
屋上から手摺りを使って階段を滑って下りる。建物の中に入ると再び階段を下に向かう。手摺りを跳んで踊り場を2回ショートカットし、7階に到着。廊下の先、正面の扉が開いている。
「ハッ!」
加速して窓枠を踏み、気合とともに外へ飛び出す。
眼下には
走り幅跳びの選手が着地するときのように、左右の足で空気を蹴ったら体を「く」の字に折り曲げ、着地姿勢のまま道路を挟んで向かい側の建物の窓から中に飛び込み、床に着地して、前転して受け身をとる。
飛び込んだ先は通路になっており、邪魔な荷箱を右、左、右と避けて走ると、鉄パイプのようなものが突然、眼前に現れる。それを下に潜って避けると、次に現れるのは1階まで続く吹き抜け。
実は、これまでのチャレンジで何度かここで落ちた。ゲームの中だから、これだけ激しい運動をしていても心拍数や血圧が上がることはない。ただ、鉄パイプ潜った先が20ⅿくらいの吹き抜けになっているとか、心臓に悪すぎる。
吹き抜けを飛び越え、再び邪魔な物置を左右に避けると、頭上の鉄パイプを両手で握り、鉄棒選手よろしく、大車輪で勢いをつけて▼が指す8階の窓から建物内に戻った。
ここからが第5ステージ。
ここまで走り続けてきたわけだけど、別に時間制限があるわけではない。ただ、勢いがないと飛び越えられない道路や、段差があるので常に走らざるを得ないだけだ。
第5ステージは、飛び込んできた窓の向こうにある通路を走ると、テラスのようなところに出る。そこからは、▼の指示に従って左右にある建物のベランダやテラスを駆けぬけて少しずつ3階まで下りていく。これこそ、パルクールと言った感じのステージになっている。何故かベランダに木箱があったり、建物から鉄の棒がランダムに突き出していたり。とにかく、まっすぐ走らせてもらえない。
そして、第6ステージだ。
順調に木々を渡り、最後の木の枝を掴んで再びの大車輪。
ぐるんぐるんと2回転して勢いをつけ、▼が指す窓枠に向かってボクは飛んだ。
掴まっていた木の枝よりも高いところにある窓枠まで飛ぶのはなかなか厳しい。
空を掻くようにして両手を伸ばすと、ギリギリのところで窓枠に手を掛けることができた。そのまま体が衝突しないように、両足が壁について踏ん張る。
「よしっ、行けた!」
窓枠の中に飛び込むと、そこは通路。左右に部屋もあるけど、出口のところに▼が光っている。
建物の出口を出ると、そこには大きな10mはありそうな城壁が聳えていた。城壁は縦に溝を切ったように抉られている。
「最後はこれを登れってか……」
ボクは頂上で点滅する▼を見つめ、呟いた。
*⑅୨୧┈┈┈┈┈ あとがき ┈┈┈┈┈୨୧⑅*
VRMMORPGの中でプレイヤーはアバターを操作するわけですが、その際のプレイヤーの視点はアバターの目の位置です。だから、直立して前を見るともう自分の肩の幅や手足の長さを確認できません。
だから現実世界の身長や手足に合わせてアバターをつくるというのがとても大事なことになります。しかし、逆に現実世界との差がないので、枷を解き放ってアバターの持つ能力をフルに生かして動くことが難しくなります。
でも、現実世界では四肢欠損を抱え、普段からイメージで手足を動かすことに慣れているラルフは、アバターのスペックを生かした動作ができるようです。
多くのプレイヤーは視界の中心周辺だけにピントが合うので、周囲の障害物を把握できません。だから、マップやギミックなどの情報を頭にインプットしておかないと、チュートリアル応用編は難しくなります。
でも、アオイの場合は視界の広い範囲にピントが合っているので、ひと目で障害物やギミックの場所が把握できてしまいます。また、仮想空間の中のアバターがアオイの体型に合わせて作られているだけでなく、実際に普段からアバターを用いて仕事をしたり、ゲームをしているので、操作に慣れています。だから、1回の失敗だけでチュートリアル応用編をクリアできました。
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