第44話 ラルフのチュートリアル(1)

(今ので21回目かな?)

《キャラクター作成後に受けたチュートリアルを含めると、27回目。再挑戦開始からは24回目です》

(数えてくれていたんだ。ありがとう)

《…………》


 機械精霊だけあって、受け答えが機械的だ。


 アオイからチュートリアルの全クリア報酬の内容を教わってからというもの、ボクは最も難易度が高い応用編をくり返しチャレンジしていた。

 最初の数回までは覚えているが、そこから先は何回目かわからなくなる。ゲームの中でメモがあるわけではないし、チュートリアルの段階では機械精霊がメモを残してくれたりすることがないので、回数も、途中のコースや障害物などはすべて頭の中に入れないといけない。チュートリアル応用編のコースや障害物の場所を覚える方がボクにとっては重要だから、チャレンジ回数の記録は機械精霊に任せるほうが良さそうだ。


《バイタルアラートです》

(うん、了解。水分補給だね。うーん、せっかくいい感じで集中できていたんだけどなあ)

《適度な休憩を推奨します》

(そうだね、じゃあログアウトをお願い)


 画面が暗転し、しばらくすると装着しているXRD越しに自分の部屋が見える。


《メッセージが116件届いています。内容確認しますか?》

「後で……」


 ログアウトが完了すると、PUT(Personal Universal Terminal)が届いたメッセージを読むかどうか確認してきた。どうせ、100件くらいは通販などの販促メールだろう。

 ただ、こちらから連絡を送りたい相手はいる。


 重い右腕を持ちあげ、こめかみに右手をあてて声を出す。


「コマンド、アドレスブック」


 XRDのマイクを通し、音声入力でアドレス帳を開く。そこから、連絡したい相手――悠木ゆうき千束ちぐさをボクは選んだ。

 コール音が数回鳴ると、千草が応答する。


『はい、悠木です』

瑛斗あきとです。お疲れのところ悪いんだけど、手伝ってもらってもいいですか?』

『疲れてはいませんが……承知しました。すぐに参ります』


 ほどなくしてボクの部屋の扉をノックし、身長160㎝ほど、髪を後ろでまとめ、お団子にした千束が入ってきた。


「おまたせしました」

「いつもごめんね」

「いえ、仕事ですから」


 言って、千束は床に転がった義足を手に取り、丁寧にボクの両足へと装着してくれた。


 先天性四肢欠損症、これが僕が生まれながらに抱える問題だ。

 右腕は上腕、左腕は肘の先がなく、左足は膝の上くらい、右足はそれよりも短いところで途切れてしまっている。

 だから、普段は義手、義足で生活しているんだけれど、XRDゲームをするときは右腕だけ装着した状態でベッドに横たわってプレイする。義足というのは装着していれば問題ないが、気がつくと倒れて床に転がってしまう。そのときは自分でどうにもできないので、こうして介護師にサポートしてもらっている。


「はい、装着完了ですよ」

「ありがとう」

「違和感はありませんか?」

「ええっと……」


 ボクは立ちあがり、装着感……というより、動作におかしなところがないか確認していく。

 一般的な義肢は、皮膚に流れる微弱な電流を検知して動作するのだが、ボクの場合は生まれつき指先が存在しないので、その電流が不安定になってしまう。それを補うのがXRDで、ARで表示される腕や指先に、義手が連動する仕組みになっている。だから、普段からXRDを装着した状態で生活していることが多い。


「特にない……でも、顔を洗いたいかな」

「じゃあ、洗いましょうか。洗面台のほうに来てください」


 ボクのXRDは、耳に被せるヘッドホンとマイク、ゴーグルを一体化し、更に洗練された形状に仕上げられている。

 ARで表示される腕を動かす仕組みなので、顔を洗うときにXRDを外してしまうと腕が動かなくなってしまう。だから、洗顔や入浴の際は介護が必須になる。


「連休はゲーム三昧ですね。どこまで進みました?」


 洗面台のところでボクの顔を洗いながら、千束が言った。

 彼女もゲームが大好きで、アルステラでは基本的に行動を共にしてもらっている。ゲーム内の名前はユキだ。エマはボクと同じ先天性四肢欠損症の子で、マコトは千束と同じ介護師の仕事をしている。介護師は基本的に男女ペアで、例えば入浴のときは男性であるマコトがボクの世話をしてくれるようになっている。


「それなんだけどさ、アオイってプレイヤーのこと、覚えてる?」

「ハーフリングのお人形さんみたいな可愛い子ですよね。個人ランキングで断トツの一位の人だなんて思いもよらなかったけど……アオイちゃんがどうかしました?」

「鍛冶師ギルドで偶然会ったんだよ。そこで、経験値が2倍になるアクセサリーが貰えることを教えてもらってさ」

「ええっ、に、2倍ですか!?」


 その効果に驚いた千束が、ボクの顔を拭く手に力を込めた。

 逆の手で頭を抑えられているからいいけど、下手をすると首の骨が折れそうだ。


「あ、ごめんなさい」

「だ、大丈夫ですよ。でも気をつけてね」

「はい……」


 何かあったときのために、アルステラをするときは介護師の人も一緒にプレイしてもらっている。彼らも他の仕事があるので、あくまでも支障にならない範囲でという限定つきだ。


「で、その2倍になるアクセサリーについて詳しく教えてくれるんでしょう?」


 千束は両手でボクの頬を挟むと、鼻先が触れそうなくらい、グイッと顔を近づけて言った。

 心臓の鼓動が高まり、顔が紅潮していくのがわかる。千束に対して恋愛感情など一切ないが、ずっと介護施設で暮らしているせいで、未経験のボクには刺激が強すぎる。


「ちょ、か、顔、近いっ!」

「え、あ……ごめんなさい。すぐにXRDを……」


 千束もやりすぎたと思ったのか、慌てて手を放すと、ボクにXRDを装着してくれる。

 ボクは何事もなかったかのように義肢の操作に違和感がないか確認をした。XRDを装着したことで耳が塞がれるから、耳まで赤いままでも問題ないはず。


「えっと、アクセサリーなんだけど、チュートリアルをすべてクリアすると貰えるらしいんだ。本当かどうか、さっきまで検証してたんだ」

「ええっ、あのチュートリアルを?」

「うん、応用編は本当に厳しいよ」

「何回くらいチャレンジしたの?」


 ボクは、先ほど機械精霊が言っていた回数を思いだす。


「24回、だったかな」

「そ、そんなに?」


 一頻り驚いた顔をして固まった千束は、思いだしたようにたずねる。


「どうやってクリアしようとしているの?」

「ルートを覚えてるんだよ。あと少しで全部覚えられるかも知れない」

「覚えるって……あとで地図にしてくれる?」

「地図になるかどうかは別として、メモは書けるかな」


 正直、他に方法があるなら教えて欲しい。

 ボクは両手、両足が義肢をつかった生活をしているので、ゲームの中でも比較的イメージを先行させて手足を動かすことができるようになっている。だから、ドワーフという種族を選んでいるけど、アクロバティックな動きをすることもできていた。

 でも、地図があっても一般の健常者にはゲームでの動きにかなり慣れないとあの応用編は難しいと思うな。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る