第43話 報酬

「ああ、少し待ってください」


 両手を広げ、トートはチェーンクエストの情報を放そうとするノアを慌てて制した。

 その慌てようにノアは驚き、トートへとたずねる。


「どうかしました?」

「いえ、このままあなたに説明されてしまうと、他のプレイヤーに聞かれてしまいます。だから、そういうことがないようにしたいと思います。いいですか?」


 ノアは自分が装備している服装がビギナークラフターセットSであるということ、その効果としてDEX値を補って、クラフター作業の成功率が向上できるというメリットがあることを既に話してしまっている。その僅かな会話を聞きつけ、周囲にプレイヤーが集まり始めていた。

 彼らの目的は、「盗み聞き」だ。

 同時に数千万単位でサーバアクセスされている関係上、画面に表示しきれないプレイヤーが必ず存在する。「盗み聞き」を防ぐためには、単純に話をする場所を変えるだけでは効果は薄い。だが、せっかくミーテスも一緒にいるのだから、トートとしてはP2Pチャットではなく、複数人が同時に会話できるチャットを使い、ノアと話をしたかった。


「あなたにパーティ申請してもいいですか?」

「ごめんなさい、パーティ、入っています」


 パーティはMOB討伐の経験値にボーナスがつくが、上限は4人までとなる。そのパーティの中でのみ使用できるのがパーティチャットだが、ログアウト等によりパーティが解散すると、チャットルームも解散させられてしまう。トートの立場だと、ノアと話すのは今回限りになる可能性が高く、パーティチャットを使用するのが便利だ。でも、ノアが別のパーティに既に参加しているのなら、そこを抜けてまで自分のパーティに入ってもらうのはさすがに気が引ける。そこで、トートオはルーム機能を使用することにした。


「わかりました、では、私がルームを作り、ノアとミーテスを招待します」


 トートは宙に浮いているボタンをタップしてルームを作っていく。

 ルームの場合、最大で128人まで同時通話が可能で、ルームオーナーがルームを削除するか、登録したプレイヤーを削除しない限り消えることがないというメリットがある。パーティメンバーを募集する際、個々にP2Pチャットで話しかけてお伺いをたてるというのも面倒なので、ベータ時代はルームにフレンドを登録しておき、そこでパーティメンバーを募集するという使い方が一般的だった。


《トート・シュライバーのチャットルーム「取調室」に招待されました。参加しますか? 【はい】 【いいえ】 》


 ノアの画面上に、機械精霊によるアナウンスと、確認画面が表示された。


 ノアは一瞬だけチャットルームの名称に少し恐怖を感じるが、AIによる自動翻訳で表示されているだけで、ニュアンスはもっと軽い感じでつけたのだろうと思い、それ以上は躊躇することなく【はい】を選んだ。


《初めてのチャットルームです。使い方を説明しますか?》


(いや、必要ない)


《トート・シュライバーのチャットルーム「取調室」に参加しました。まずはご挨拶をしましょう》


 ノアの機械精霊が挨拶を促してくる。

 再び、「取調室」という言葉が機械精霊から発せられ、ノアは少し緊張した。


『こ、こんにちは』


 先ほどまで話をしていたので「はじめまして」ではないだろう、と考えたノアは、無難な挨拶である「こんにちは」を選んだ。話しかたがおずおずとしているのは、緊張しているからだ。

 とはいえ、トートは米国人。言葉は英語に自動翻訳されるうえ、会話ログも英語で表記されるので、ノアの緊張が伝わることはないだろう。


『私のルームにようこそ。早速だが、先ほどの話の続きを教えて欲しい』

『こんにちは』


 遅れて入ってきたミーテスが同じように挨拶をするが、ルームの主であるトートの態度は変わらず、はっきりとした物言いをする。

 日本語には様々なニュアンスに応じた単語が存在するが、欧米では語彙が多くない。だから、どうしても日本語訳にしたときに言葉が固く、きつくなる。

 外国人も参加するゲームをプレイしてきたおかげで、ノアは自動翻訳システムに慣れており、それらも承知のうえでトートたちとの会話に挑んでいた。


『さっき、装備の名前、効果、言った。いいですか?』

『ええ、名前と効果は聞いた』


 自動翻訳システムは、自分の特徴ある話しかたでも適切に翻訳をしてくれているようでノアは安心する。


『入手方法は、クラフターギルドでギルマスから勧誘される。断る。次、お使いクエストが出る』

『おお、それは、そんなにも簡単なことなのか?』

『うん。届けた先のクラフターギルドも同じ。勧誘断る、次のクエストでる』

『クラフター系のギルドは8つある。8つのギルド、すべてで断ればいいのか?』


 ノアは、首肯で返事をする。


『チェーンクエストか……」


 トートは、小さく呟いた。

 ノアがアオイから教わったときもチェーンクエストだと言われて教わっているので、ノアにとって違和感のない感想だった。

 ただ、トートやミーテスがアルステラ・ウィキに記事として書くには情報が不足している。


『それで終わりなのか?』

『最後に神殿にお届けものする、報酬貰える』

『実際にどのギルドの誰から、どのギルドの誰に何を届けるのか、順番はあるのか、具体的に教えてもらうことはできますか?』


 珍しくミーテスが質問をした。

 実際にクエストを済ませてきたノアにとって、問われたことに返事をすることはできる。でも、ノアはそれでは納得できなかった。


『実際にクエスト、受ける、確認する、大切でしょう。ヒントはすべて出したから、トートさん、ミーテスさん、自分で確認するほうがいい』

『確かにそのとおりだ』

『ええ、そうですね』


 トートとミーテスは互いに目を合わせると、それまで固かった表情を綻ばせた。

 せっかくのゲームなんだから、情報を集めてそれで終わりじゃなく、自ら楽しくプレイすればいい。例えビジネスとして、仕事としてゲームを始めたとしても、仕事は楽しいほうがいいに決まっている。


『他に質問、ありますか?』


 その場の空気が少し和んだことを感じつつ、話が終ったとノアがたずねた。


『既に何かのクラフター職に就いた者はどうなるんだい?』

『ボクはクラフター職に就く前、受けた。だからわからないです』

『むう、そういうことも検証するところからスタートということか……では、他のメンバーを集めて検証するとしよう』

『はい、そうしましょう』


 ウィキ編集者が集まって検証をするなら、ノアにできることはもうない。


『じゃあ、これで質問は終わり、いいですか?』

『そうだな、質問は終わりだ。情報提供、感謝する」

『感謝する』


 トートが神妙な顔で礼を述べ、ミーテスも続く。


『通常ならお礼として金銭を提供するのだが……残念ながらベータテスト時の所持金はリセットされているし、ゲームのサービス開始からまだ日が経っていないのもあり、お金がない……』

『お金の代わりに、なにか情報が必要なら教えようと思うがどうでしょう?』

『えっと……』


 トートとミーテスがお礼をしたいと言うが、実際はノアもアオイから教わったことを実行しただけ。ノアがお金を貰えるならそれをアオイに手渡すことができるが、アオイはそれを良しとしないだろう。


『ボクもある人に教わっただけ。お礼、いらないです』

『それでは我々が納得できない』


 トートたちはビジネスとしてやっていることなので、お礼をしなかっただとか、後々に禍根になるようなことは残したくない。だから、はっきりと何らかのお礼はする、と意思表示をする。


 どうしたものかとノアは周囲を見渡し、先ほど疑問に感じていたことをたずねることにした。


『だったら、どうして生産ギルドの一階に人が集まっているのか、教えてもらえますか?』





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