第42話 編集者

「突然声をかけてごめんなさい。私はトート・シュライバーです」


 言った彼女の頭上には、Thoth Schreiberという文字が表示されている。

 アルファベット表記されるということは、日本以外の国からアクセスしているプレイヤーということになる。

 女性エルフ特有のヒマワリのような模様を描く碧眼がノアを見つめ、期待に満ちたような表情をしていた。


「トートと呼んでください」

「あ、ボクはノアといいます」


 ノアは慌てて立ちあがり、手話を交えて返事をした。

 咄嗟のことで、つい慌ててしまったようだ。


「私はアルステラ・ウィキを編集しているメンバーの1人です」


 多くのゲームは攻略情報サイトのようなものが存在する。ゲームの概要に始まり、マップ、町の情報、NPC、クエスト、MOB別の経験値やドロップアイテムの情報などを収集し、検索しやすくまとめている。

 ただ、アルステラは多数の種族、多数の職業があるゲームなので1人でそれらのすべてを網羅できるほどの情報を集めるのは難しい。よって、多くの攻略情報サイトは数十人のメンバーが情報収集と記事作成をしている。

 トートは、その攻略情報サイトの中でも、アルステラ・ウィキというサイトを運営しているメンバーらしい。


「早速だけど、その格好いい装備について教えてくれますか?」


 トートはノアの着ているビギナークラフターセットSを指さして言った。

 ノアは自分が装備している服装を確認し、それがまだ他のプレイヤーたちが揃えて所持していない装備であることに気がついた。

 しかし、クラフターのチェーンクエストは、アオイが見つけてきたクエストだ。それを、いかにも自分が見つけてきたように誰かに話すことなんてノアにはできない。


「えっと、ボクも教えてもらった。だから、教えてくれた人の許可なく教える、できないです」

「なるほど。では、許可をとってもらうことはできますか? その教えてくれた方を私に紹介してもらう形でもいいですよ」


 だが、トートは簡単に諦めてくれず、ノアは言葉がでてこない。畳みかけるように話しかけ、ノアを追い詰めるように話してくる。

 耳が不自由で健常者との会話経験が少ないノアはトートの纏う圧に気圧されてしまいそうだ。


「ど、どちらにしても教えてくれた人、確認しないといけません」

「そうですね。今、あなたから確認できますか?」


 言われて、ノアはVR画面の中に表示されているマップを開く。

 数人登録されているノアのフレンドのうち、生産ギルド内に黄色い点が光っていた。

 ノアがそっと指先をその光にあてると、アオイと書かれた吹き出しが現れ、メニューがポップアップする。そのメニューからP2Pチャットを選び、ノアはアオイに話しかけた。


『アオイさん、ちょっといいですか』


『…………』


 声を掛けてからしばらく待ってはみるものの、返事がこない。

 P2Pチャットというのは1:1で会話するためのチャットだが、フィールドにいるときは戦闘中の可能性もあるし、クエストでNPCと会話しているところだったりすると、すぐに返事することができない。


(アオイの現在地、魔道具師ギルドだから、手、離せないかも)


 と、気づいたノアは、再度P2Pチャットでアオイに話しかける。


『チェーンクエストこと、他の人に話す、いいですか?』


 こうして用件だけ伝えておけば、対話ログとして文字で残った文章を読んでもらってから返事してもらえる。


 一方、急に黙り込んだノアを前にしたトートは、どこか心配そうにノアの顔を覗き込む。


「どうですか?」

「今、P2Pチャットで連絡しました。返事待っています」

「わかりました」


 トートはノアに言ったことをやってもらえているせいか、どこか満足気な表情で腕を組んで立っている。

 翻訳機能により日本語で会話できているが、ノアは日本人、トートは名前からして外国人だ。そのせいか、トートとのやりとりは、会話というよりも交渉というのに近いと感じた。


 すぐに返事がないので、ノアとトートの間に気まずい空気が生まれる。


 その空気に耐えられなくなったのはノアのほうだった。


「トートさん、どこの国の人ですか?」

「アメリカ合衆国。カリフォルニアです」


 ノアはその返事に、"United States. California."と、トートが返事しているんだろうと頭のなかでイメージしながら、「ボクは日本です」と返した。


「あなたの後ろにいるのは、ミーテス・シュライバー。私の仲間です」


 言われてノアは振り返った。

 そこには、トートと瓜二つな顔をしたエルフの女性が立っていた。頭上にはMetis Schreiberと表示されている。


「ふ、ふたご?」

「いいえ。私たちは組織として行動しているので、ひと目で仲間だとわかるように同じ種族、同じ顔にしています」

「へえ……名前も同じ理由?」


 2人とも、ファミリーネームがシュライバーなので、ノアは直感的に統一されているのだと思った。


「はい。シュライバーという名字には『書く者』という意味があります。私のトートというのはエジプトの知識の神、ミーテスはギリシャ神話に登場する知識の神の名です」

「他のメンバーも同じような名前ですか?」

「そのとおりです」


 攻略情報サイトを運営することで、広告収入が得られる。

 ビジネスとしての攻略情報サイトを運営する以上、プレイヤーとしての自由はかなり制限されるのだと知り、攻略情報サイトってたいへんなんだなあ、とノアは思った。


『ノアさん、どうしました?』


 出身国や名前の話題が尽き、次に何の話をして誤魔化そうかとノアが考えているところにアオイからの返事がきた。

 ノアはアオイとのP2Pチャットに切り替え、状況説明を始める。


『アオイさん、忙しい、ごめんなさい。クラフターのチェーンクエスト、他の人に話す、いいですか?』

『相手はどんな方です?』

『相手はアルステラ・ウィキの編集する人。いいですか?』

『うーん、どうせ他の人も見つけるだろうと思いますし、私の名前さえ出さなければ全然いいですよ』

『ありがとうございます』


 アオイは物事に頓着しないタイプなので、あっさりと認めてしまう。

 その返事に、ノアは少しホッとした表情をすると、トートに向き直った。


「許可、出ました」

「おお、ありがとうございます。早速、内容を教えて欲しいです」

「はい、これはビギナークラフターセットSといいます。着用者のDEX値を上昇させる効果あるです。入手方法は――」


 トートとミーチスは真面目な表情をつくり、ノアの話をメモをとりながら聞きはじめた。





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