第41話 ノアのチェーンクエスト

 神殿の中で最も大きな部屋。そこで、小さな太鼓がリズムを刻み、ハンドベルや鉄琴などの澄んだ美しい金属音がメロディを奏でている。


「さて、これで時計の準備はできた。わざわざ運んでもらってすまなかった。これは報酬だ」


《クエスト「努力の結晶」を達成しました。

 ビギナークラフターセットSを手に入れました。

 経験値27,000を入手しました。

 レベルが上がりました。レベルが18になりました。

 30,000リーネを入手しました》


 ノアの機械精霊が、クエスト報酬受領のアナウンスをした。

 神殿長のヨハンから報酬を受け取り、大聖堂の中央で流れる音楽を聴きながら、ノアは大きく息を吐く。


 ノアは、アオイに教えてもらったチェーンクエストを始めたときは簡単に終わるだろうと思っていた。でも、実際に始めてみると、各クラフター職のギルドでクエストを受けてお使いをするだけで8つ、最後に神殿までやってきて神殿長に魔道具を渡して計9つのクエストを進める必要があった。

 もちろん、クエストを受ける順番にもよるだろうし、神殿に到着するまでのルートも関係するのかも知れないが、ノアには時間がかかるクエストだった。


(これ、アルステラのオープニングで流れるテーマ音楽かな)


 神殿の大部屋を流れる音楽は、演奏を終える前の盛り上がる部分……サビのようなところに差し掛かっていた。

 聞こえてくるメロディはゲーム開始時に流れる音楽だし、広告などでも使用されていたのでノアにも聞き覚えがある。それは音響設備の整ったオーケストラが演奏したものなので、荘厳で、ダイナミックな曲調になっていた。でも、今聞こえる曲はテンポが少し早く、ハンドベルや鉄琴などの澄んだ音のせいもあって、明るいけれど、清浄さや清らかさのような印象をノアは受けていた。


 XRDを装着した状態で、生まれて初めて音楽を聴いたとき、ノアはとても感動した。

 様々な楽器が出す音の違いに驚き、楽器が奏でる音やメロディ、歌声が重なり生まれるハーモニーは、それまで音のない世界で暮らしてきたノアにとって新たな世界と可能性を教えてくれるものだったからだ。

 色んな音楽を聴くうちに、ノアは、自分も楽器を扱えるようになりたい、と思ったのだが、生まれてから楽器に触れたことさえなかったノアには習得が難しかった。

 人間の耳は、内耳にある蝸牛という部分で音を周波数別に分解し、電気信号に変えて脳に送るという作業をしている。残念なことに、XRDで同等の機能を実現していても僅かな時間差が生じてしまうようで、それがノアのような耳が不自由な人が楽器に馴染めない原因になっていた。

 VR空間ではそれが改善されるので、ゲーム内で演奏する機能が実装されればノアも楽器を楽しめるだろう。だが、アルステラには楽器演奏の機能はない。弓を使う職業があるのだから、将来的に吟遊詩人のような職業に二次転職できるようになり、あるていどレベルを上げたら楽器演奏などもできるんじゃないか……という噂もあるが、二次職業まで到達したプレイヤーはまだいないので未実装だと考えられている。


 しばらく音楽に聞き入っていたノアは、思いだしたようにインベントリを開き、チェーンクエストの報酬を確認した。


(そういえば、クエストを進めたら報酬、何だったか、アオイさんにたずねよう、思ってた。忘れてたけど……ビギナークラフターセットS、か)


 インベントリに入った箱を見て、ノアはそのまま説明を確認する。


〈ビギナークラフターセット〉

クラフター職用の装備品セット。頭装備、胴衣、脚衣、ベルト、靴、手袋、エプロンが入っている。セットで着用すると、プレイヤーのDEX値が上昇し、クラフター職の成功率が上がる。


(これはいいもの……)


 ノアは迷わずインベントリ内でビギナークラフターセットSを展開し、試着モードも使用せずに着替えを済ませて生産者ギルドへと向かった。


 生産ギルドは、大勢のプレイヤーでごった返していた。

 ノアがその人の多さに唖然としていると、パーティチャットで話しかける声がする。


『ノアくん、ちょっといいですか?』

『はい、いいです』


 声の主はノアがチェーンクエストを受けている間に仮眠をとっていたパーティメンバーで、僧侶のタカシだった。

 ノアは生産ギルドに入って二階に向かうところだったし、別にチャットで話しかけられても都合が悪いことなんてないので、すぐに返事をした。


『ログインした、生産ギルド人いっぱいです。何かあるですか?』

『ボクも生産ギルドに戻ってきたばかり。人、とてもたくさんいるけど、何故、わからない』


 サービスが始まってまだ2日目だが、時差の関係で徐々にログインしてくるプレイヤーが増えていくのは間違いない。そのことはノアも理解していたし、タカシも理解している。

 だが、2つめの町にある生産ギルドに大量のプレイヤーが集まってきているのは2人にとって不思議な光景でしかなかった。

 ノアは階段手前で立ち止まり、腕を組んで少し考え込む。


『もしかすると、メインクエスト、ときみたい、なにか情報でてるかも知れないです』


 メインクエストを受けるために、ノアがナツィオ村にもどったとき、パウルの前はプレイヤーだらけになっていた。今の生産ギルドの状況は、そのときと同じくらい人が集まっていた。

 しかも、少し先にある階段とつながる通路に向かう人の数が少ない。

 これから想像できるのは、生産ギルドの1階にあるギャザラー系ギルドになにかがあるということだ。


『ボクも同じこと、考えてた』


 ノアは返事をしながら、二階へとつながる通路に抜けた。

 たくさんのプレイヤーがいることで、環境音としての喧騒が少しマシになり、ノアは胸を撫でおろす。

 人生の半分以上は音のない世界にいたノアにとって、一千万人レベルを超えた人たちが集まった場所の音は、刺激が強すぎる。

 ノアは環境音の設定画面を開いた。


「すみません、ちょっといいですか?」


 設定画面を操作していると、声が聞こえた。

 ノアは聞こえてはいるが、それが自分に向けて発せられた言葉なのかどうかわかっていない。


「すみません、その……エプロン姿のかた……」

「え、ボクですか?」

「ええ、エプロン姿の人は他にいませんし」


 ノアが見上げると、そこにはとても美しい女性エルフが立っていた。





*⑅୨୧┈┈┈┈┈ あとがき ┈┈┈┈┈୨୧⑅*


耳が不自由なノアの話しかたを文字にすると、読みにくい文章ばかりになるため三人称視点で書いています。

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