第39話 加護の力

《戦闘職だけでなく、生産職のステータスに影響が出る料理もあるのです》

(へえ、じゃあますます調理師もやらないといけないね)


 火床ほどの前に移動し、簡易モードでスチールインゴットを作っていく。

 ものの数分でスチールインゴットが5個できあがり、スチールアローヘッドの中間素材が揃った。


 鍛冶手帳からスチールアローヘッドのレシピを選ぶ。


〈スチールアローヘッド〉

 スチールアローのやじり。アイアンアローヘッドよりも硬く、より高い貫通力を持つ矢をつくることができる。1回分の素材から、やじりを4つ作成することができる。


 素材:

  スチールインゴット×1

  コークス×1


 どのようなアイテムを作るのか、それに必要な素材は何かまでは説明があるんだけどさ……


(作り方が書かれていないのがわかりにくいね)

《スチールアローヘッドはスチールインゴットをコークスで溶かし、型に入れて覚ましたものをファイルで仕上げるのです》

(ありがとう。じゃあ、やってみるね)


〈スチールアローヘッドを製作しますか? 【はい】 【いいえ】〉


 視界に開いたメッセージウインドウの【はい】に手を伸ばしタップし、鍛冶作業を始めた。


 まずは、砂地から押し上げるように鋳型が現れる。

 それを横目に、火床ほどにコークスを入れ、坩堝るつぼにスチールインゴットを1つ放り込む。


 坩堝るつぼの底が熱せられて真っ赤になる。やがて黄色がかった朱色へと変わってくると、スチールインゴットが溶けはじめ、ドロドロとした液体に変わった。液体は坩堝るつぼと同じような黄色がかった白色に輝いていて、坩堝るつぼとの境界線がわからないくらいまで熱せられている。


(鉄が溶けるような温度でも溶けないなんて、坩堝るつぼってすごいね)

《魔道具なのですよ》


 ということは魔道具師が坩堝るつぼを作るんだね。

 やっぱり、各職業は互いに関係性をもってるってことなんだなあ。


 私はヤットコを使って坩堝るつぼを取り出し、用意された鋳型の中に溶鉄鋼を流し込んでいく。2000℃近い液体を注ぐのだから気をつけないと大火傷を負う可能性があるから、それはもう慎重に、慎重に。

 あとは冷めるのを待つだけなんだけど、ゲームの中だから1分ほどで冷めるんだと思う。


 これを鋳型作りから始めないといけないとすると、鍛冶師の仕事って更にたいへんになるよね。

 たとえば、やじりをつくるだけで、鋳型の元になる木のやじりをつくり、ついで砂で型をとって、溶鉄鋼を流し込む穴を作ってようやく鋳型ができあがる。

 それとは別にコークスを作り、そのコークスで鉄鉱石を溶かしてスチールインゴットを作り、更にまたコークスでスチールインゴットを溶かして鋳型に流し込む。そして、冷えたら鋳型を叩き壊す。毎回、叩き壊すために鋳型を作るんだよ……これが自動化されるだけで精神的な苦痛はかなり軽減されると思うんだよね。


 赤みがかったオレンジ色の液体が赤褐色に、そして鈍色にぶいろへと変化していくのを眺めながら考える。


《もう冷えているのですよ》

(あ、うん)


 ナビちゃんに言われて、慌てて鋳型を叩き壊した。

 冷え固まったことで4つ連なったやじり土塊つちくれの中から姿を現した。その塊をファイルで切り離し、それぞれ仕上げていく。

 とはいえ、ファイルで削るような動きをする必要はなく、粗いファイルを押し当てるだけで簡単に切り離されるし、仕上げ用のファイルを押し当てるだけで鋭利でピカピカに輝くやじりができあがる。


《スチールアローヘッド×4が完成したのです。

 鍛冶師経験値30×2を獲得したのです》


 やっと、スチールアローヘッドを4つ作ることができたよ。

 中間素材が多くて作るのに時間がかかるし、面倒だけど……最初に1つ作ってしまえば簡易モードで作ることができる。


(残りは16個かあ)

《簡易モードだとすぐに作れるのですよ》


 ナビちゃんの言うとおりだけど、どれだけ簡素化されているかによるんだよね。中間素材であるスチールインゴットとコークスを先に作っていたのが救いだよ。


(簡易モードだと、スチールアローヘッドはどうやって作るの?)

《鋳型の工程がなくなるのです。スチールインゴットを溶かし、坩堝るつぼから取り出したらやじりの形になっているので、あとは磨き上げるだけなのですよ》

(そっか、うん。だったら簡単だね)


 そういえば、スチールインゴットを簡易モードで作るときは一瞬で溶けた。スチールインゴットもすぐに溶けるなら、かなり時短になりそう。


(じゃあ、簡易モードでスチールアローヘッドを作るね)

《はいなのです!》


 ナビちゃんが言ったとおり、簡易モードでスチールアローヘッドの作成に入ると鋳型からやじりを作るところまでは簡単に終わった。鋳型に溶鉄鋼を流し込む必要がないだけでもかなり楽。これで失敗するとか考えられないんだけど……


《スチールアローヘッド×4が完成したのです。

 鍛冶師経験値30×2を獲得したのです。

 鍛冶師サブクエスト「やじりの大量注文」が進んだのです。ヨセフに報告に行くのですよ》

(あ、もう終わったのかあ……)


 ただ、黙々とスチールインゴットを溶かし、やじりを研いでいると気がつけば必要数のスチールアローヘッドができあがっていた。

 最初は鍛冶作業をしているうちにいろんなことが頭の中に浮かび上がってくるけど、気がつくと集中力が上がり、無心になっていたみたい。坩堝るつぼを火にかけて、インゴットを溶かしたらやじりができる。そのやじりをファイルで形を整えて研ぐ――という単純作業の繰り返しだからかな。

 現実世界だと仕事の単純作業はAIに任せたり、AIが搭載されたロボットなどに任せたりするのが一般的になっているせいで、こうした単純作業ってあまりないんだよね。読書や映画鑑賞なども作業っていうならないわけじゃないけど、手足や指先を動かして単純作業をするのって、ほぼゲームだけかもしれない。言い換えると、ゲームは集中力のトレーニングになっているのかも。


 少し歩いてヨセフのいる場所に移動すると、彼は壁に並んだ引き出しを開け、手元の紙に何かを書きこんでいた。何か、素材の在庫確認でもしているのかな。


「ヨセフさん、スチールアローヘッドを20個つくってきましたよ」

「おお、嬢ちゃん。さすがに仕事が早いな……どれ」


 私はヨセフのいるテーブルに作りたてのスチールアローヘッドを20個、バラバラと音を立てて並べた。ヨセフはその1つひとつを手にとって眇めるような目つきで見分していく。


「ふむ、さすがは火精霊の加護を持つハーフリングだけあって、品質も一定した良い鏃ができておる。これだけのスチールアローヘッドを作るのに何回くらい失敗した?」

「いえ、1回も失敗していないです」

「なにっ、本当か?」


 ヨセフが目を瞠って私に問い返してきた。

 でも、本当に1回も失敗していないんだよね。そんなに難しい作業じゃなかったし……。


「ええ、誓って嘘はついていません。1回も失敗していませんよ」

「むう……同じ火精霊の加護を持つドワーフでも多少は失敗するというのに大したものだ。嬢ちゃんは火精霊に愛されとるのかも知れんな」


 先ほど、スチールアローヘッドへと向けていた眇めるような目で、ヨセフは私を見つめた。


(ナビちゃん、火精霊の加護ってそんなに影響があるの?)

《火精霊の加護があれば失敗が減り、加工作業の精度が大きく上がるのです。ただ、アオイの場合は器用さを示すDEX値が高く、ビギナークラフターセットSの効果も加わっているのです》


 なるほど、私が失敗せずにいられるのは、火精霊の加護もあるけど、服の効果も大きいってことね。





*⑅୨୧┈┈┈┈┈ あとがき ┈┈┈┈┈୨୧⑅*


第38話「鏃の大量発注」の中で、クエスト報酬に「中級鍛冶セット」を加えました。

元々予定していたものですが、忘れていました💧


DEX値が低い種族の場合、鍛冶をする際に失敗しないようにするため、高品質素材を用いたり、DEX値を上げる効果がある料理を食べたりしないといけなかったりします。

とはいえ、適正レベル15までの銑鉄をつかったものではそこまでDEX値を要求されない仕様になっています。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る