第35話 コークス

 現在、戦狼の牙刀が私の持つ武器のなかでは最も強い武器であることは間違いない。


(ナビちゃん、ゴールドディアの角を使って作るナイフのレシピってある?)

《鍛冶手帳を開くのです》


 ナビちゃんの返事と同時、動物の皮革を用いて作ったダークブラウンの表紙に、金文字や線画で装飾された重厚な本が現れ、該当するレシピのページが開かれる。


〈ディアホーンダガー〉(攻撃力+80)

 グラーノ森林地帯に生息するゴールドディアの角を使って作られる

 ダガーナイフ。

 青白く輝く刀身には、正に鹿の王者の風格が引き継がれている。


 素材:

  ゴールドディアの枝角×1

  オークグリップ×1

  ボアレザーテープ×1

  スチールプレート×1

  スチールリベット×2

  石炭×4


「むう……」


 素材のリストをみて、思わず声が漏れてしまう。

 オークグリップというのは樫の原木から作るものだろうし、ボアレザーテープというのはレッサーボアで手に入れたボアの毛皮から作るんだと思う。つまり、木工師や革細工師になって必要素材を作ってこないといけない……ってことかな。いや、そもそも樫の原木ってまだ手に入れてないから採集に行かないといけないね。

 それに、やはりスチールプレートとスチールリベットが必要になるみたいだね。じゃあ、スチールプレートのつくりかたはどうなってるのかな。


 手を伸ばし、視界に浮かぶレシピページのスチールプレートに指を触れると、ページがめくられてスチールプレートのレシピページに飛んだ。


〈スチールプレート〉

 不純物が少なく、一定量の炭素を含有する鉄鋼板。


 素材:

  スチールインゴット

  コークス×1


 アイアンプレートを作るのにアイアンインゴットが必要だったから予想はしていたけど、内容的にはそのまんまだよね。

 鉄鉱石を坩堝るつぼで溶かして型に流し込むだけだとアイアンインゴットになってしまうので、今回はコークスというのを使うんだね。


〈スチールインゴット〉

 不純物が少なく、一定量の炭素を含有する鉄鋼インゴット。


 素材:

  鉄鉱石×4

  コークス×4


 むう……スチールインゴットを作るのにもコークスという謎素材がでてきたよ。これ、革素材だとか、木工素材を作るときのことを考えると頭が痛くなってくるね。


(ナビちゃん、コークスって何?)

《石炭を乾留かんりゅうし、炭素部分だけを残したものなのです》

乾留かんりゅう……どうやってつくるの?)

《錬金術で作る方法と、鍛冶で作る方法があるのです。錬金術のほうが簡単なのですよ》


 ナビちゃんがコークスと書かれた場所に指先を触れると、鍛冶師用のコークスの作り方が表示された。

 どうやら、鍛冶師ギルドにあるコークス炉の中で石炭を蒸し焼きにするみたいだね。

 ナビちゃんは錬金術のほうが簡単だと言うけど、私はまだ錬金術師になったことがないので、先ずはあるていどのレベルアップが必要だと思う。だったら、このまま鍛冶師で作るほうがいい。


 辺りを見回すと、木炭を入れる投入口と、中を確認できる覗き窓、青くて丸い開始ボタンと、赤くて丸い停止ボタンなどがついた炉が見つかった。これがコークス炉だね。


《石炭を入れると乾留が始まるのです。しばらくすると石炭が液体になり、再び固形に戻るのです。じゅうぶんな硬さになってから取り出すと、コークスが出来上がるのですよ》

(取り出すタイミングを見極めるってことね)

《そうなのです》


 液体になったあと、再び固形になったときに止める……ね。


〈コークス炉がある。コークスを作成しますか? 【はい】 【いいえ】〉


 視界の中央にメッセージ画面がポップアップし、選択を促してくる。

 私が指先で【はい】を選択すると、メッセージ画面が消えて新しいメッセージ画面が表示された。


〈コークスを作ります。石炭を4つ投入してください〉

「石炭を4つね……」


 採掘で手に入れた石炭は合計で25個。クエストの達成条件として石炭をみせたものの、渡してしまって手持ちが減るということはなかった。

 でも、既にこれまでのクエストで使ってきたので、石炭が1つも残っていなかった。


(石炭がないや……)

《ギルドマスターから購入できるのですよ》

(アレンさんのところまで行かないといけないんだよね?)

《使用頻度が高いものなら、生産ギルドのギルドマスターが売っているものもあるのです。他に、修理に必要になる部品なども扱っていることがあるのですよ》


 ナビちゃんのいう話が本当だとすると、オークのグリップや、ボアレザーテープなどは修理に必要な部品だからギルドマスターから購入できる可能性があるってことね。

 青銅やアイアンインゴットを作るには石炭が必要だけど、初級レベルの素材として石炭はたくさん必要になる。足りなくなるたびに北湖ダンジョンの第4層で採掘……とはいわないまでも、採掘家ギルドのアレンのところまで買いに行くというのも面倒な話だし、他のプレイヤーも嫌気がさすと思う。

 そう考えると、ヨセフが石炭を扱っていても不思議じゃないよね。


「ヨセフさん、また素材を売って欲しいんだけど」

「おお、嬢ちゃん。何が要るんだ?」


 アイアンペレットを買ったときと同様、私はヨセフさんに話しかけた。

 視界の中央に、販売品のリストが表示される。

 アイアンペレットを買ったときはグレー文字になっていたアイテムがたくさんあったけど、今回は白文字になって購入可能なものが増えている。よくみると、アイアンペレット以外にもブロンズペレット、スチールペレットが増えているし、他の修理素材なども増えているね。

 また、銅鉱石、鉄鉱石、石炭などの鍛冶素材も購入できるようになっているみたい。


 えっと、あとはオークグリップと、ボアレザーテープがあればいいんだけど……あ、あった。

 ボアレザーテープは500リーネ、オークグリップは2,000リーネ。

 樫の木を使うとなると、結構高レベル帯のアイテムになるからかな。結構、お高い気がする。


「鉄鉱石を20個で2,000リーネ、石炭を99個で4,950リーネ、ボアレザーテープが500リーネ、オークグリップは2,000リーネ……合計で9,450リーネだな」


 自動でインベントリに商品が入り、持ち金が差し引かれる。

 冒険者のピアスと冒険者手帳のおかげでレベルが上がりやすいのはありがたいけど、そのぶんだけMOBから得られるお金が少ないので金額を見て焦った。でも、ブラックバレットが売れたから全然余裕だったね。


 ヨセフにお礼を言い、私は早速コークス炉の前に移動した。


〈コークス炉がある。コークスを製造しますか? 【はい】 【いいえ】〉


 再び、視界にシステムからのメッセージが表示された。

 迷いなく指先で【はい】を選ぶと、コークス炉にある石炭の投入口が開いたので、私はメッセージに従い、インベントリから石炭を4つ投入した。


《開始後、最適だと思うタイミングでコークス炉にある停止ボタンを押すのです。キャンセルする場合も停止ボタンを押せばできるのです。製造に失敗、キャンセルした場合は投入した材料が失われるのですよ》

(失敗しないようにしないとだね)


 リラックスするために身体の力を抜いて開始ボタンを押すと、MPが僅かに減るのを感じつつ、私は少しコークス炉にある透明な窓から中を覗き込んだ。






*⑅୨୧┈┈┈┈┈ あとがき ┈┈┈┈┈୨୧⑅*


石炭からコークスを作る際は、コークス炉を使います。

コークス炉は燃焼室と炭化室の2つの部屋があり、石炭と副材料を炭化室に入れて、燃焼室でガスなどを燃焼します。

石炭は蒸し焼きにされることで軟化、液化したあとに再び固形に戻るのですが、石炭の段階で砕いておく作り方などもあります。

現実世界のコークス炉では石炭以外の材料を入れたり、一回の作業で10時間ほど蒸し焼きにするのですが、アルステラはゲームなので大幅に簡略化したかたちで書いています。


修理に必要な部材ですが、レベル30までに制作できる武器、防具に関してはギルドマスターが扱っています。そこから先は自作又はマーケットでの購入が前提になります。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る