第30話 チュートリアル報酬(ラルフ視点)
ま、まさか各クラフター系ギルドのギルドマスターからの勧誘を断ると別のクエストが現れるだなんて、想像したこともない。
気がつけばボクは脚の力が抜け、両膝をついていた。
目の前にいるアオイがボクに心配そうに話しかけてくれる。
「だ、大丈夫ですか?」
「あ、はい。だ、大丈夫です」
すぐに返事をしたものの、ボクは動揺していることを隠せていない。
当然、目の前のアオイには気づかれていることだろう。どこか、彼女の目には戸惑いのようなものが含まれているように感じる。
「えっと、この装備を貰えるクエスト自体はチェーンクエストだけど、条件発生型クエストではないはずなので、ラルフさんも受けられると思いますよ」
既に立ちあげられているアルステラの攻略サイトもベータ時代の情報が多く、ようやくメインクエストを開始するために必要なサブクエストの情報が開示されたというていどでしかない。
ボクのいるパーティは、その情報をもとにクエストを進めてきただけだ。もちろん、条件発生型クエストなんて初耳だ。
「条件発生型クエスト……ですか?」
「一定の条件を満たすと受けられるクエストのことですね。例えばギャザラーだとお使いクエストがあるんだけど、条件のひとつにその職業のレベルが15になっていることっていうのがありますよ。たしか、漁師で100㎏以上のブラックバレットを釣りあげていることも条件だったかな」
「そ、そんなクエストがあるんですね」
一般的なゲームでは、定められたレベルに達しないと受けられないクエストというのが存在することが多い。例えば、レベル10に達すればNPCの頭上にクエストを受けられることを示すマークが出てきたり、NPCの名前表示色が変わるなどでそれを知らせてくれる。
アルステラの場合、NPC側から話しかけてくることもあるし、NPCが明らかに困っているので、プレイヤーから声をかけることで発生するところが他と明らかに違う。でも、そうやってクエストを発生させるためには自らNPCに話しかけていかないといけないせいか、なんというか……より自然にゲーム内でNPCと過ごしているという感覚がある。
そのうえで、更に何かの条件を満たしていないと発生しないクエストがあるというのは難易度が高い。しかし、それだけ発生させるのが難しいのなら、いい報酬が貰えそうだ。
「うん、そのクエストはまだ完了していないから報酬はわからないんだよね。だからまだ報酬は何か言えないけど、ナツィオの村の条件発生型クエストなら冒険者手帳っていうアイテムがもらえましたね……」
「へえ、それはどんなアイテムなんです?」
「各マップにいるMOBと必要討伐数が一覧になっていて、その必要討伐数をクリアすると経験値ボーナスがたくさんもらえるんです」
「おおっ! それはすごい」
ナツィオ村で受けたサブクエストのおかげで経験値はたくさん入ってきたが、それでもアオイとはレベルに大きな差が開いている。
当然、受けたこともない条件発生型クエストで得られる経験値もあるんだとは思うが、それ以外にも経験値を得られる手段があるというのはとても貴重な情報だ。
「もしかすると、アオイさんがランキング1位になったのは冒険者手帳のおかげですか?」
「うーん……確かに冒険者手帳の効果も大きいけれど、冒険者のピアスのおかげかな?」
アオイは前下がりになった髪を上げ、左耳に装着した小さなピアスを見せながら言った。
そういえば、アルステラでレベル15を超えた今になっても、アクセサリの類は手に入っていない。まだ低レベル帯だから存在しないのだとばかり考えていたが、どうやら違うようだ。
でも、ナツィオ村や、このグラーノの町のなかでアクセサリを売っているような店はなかったと思う。
ゲームの仕様でアオイの装着しているピアスを触るということはできないから、ボクの身長よりも高いところにあるアオイの耳元を
どうってことのない、金属製のピアスだと思う。中心に嵌め込まれているのはダイヤではなく、水晶かな。
「それはどうやって手に入れるんです? やはり何かのクエストだったりします?」
「これはチュートリアルをすべてクリアすると、3つめのクエストの教官が直接プレゼントしてくれるんですよ」
そういえば、僕が知っているなかで、アオイが3つのチュートリアルをすべてクリアした唯一のプレイヤーだった。
もちろんチュートリアルはボクも何度か挑戦したが、2つめのチュートリアル応用編が恐ろしく難しかったので諦めた。とはいえ、何度もチャレンジしていればクリアできそうではあったけれど。
「どういう効果があるんです?」
「経験値が2倍になります」
「え?」
一瞬、ボクは言葉を失った。
これまで4人でパーティを組み、レベルを上げるために、数えきれないほどのMOBを倒してきた。でも、このピアスがあれば半分で済む。
今までの苦労は何だったんだろう……と、思ってしまうが、口には出さない。
「貰える経験値のすべてが倍になるんですか?」
「えっと、冒険者手帳の経験値は2倍にならないです。でも、生産職のクエストや経験値も倍になるみたいです」
「えええっ!?」
グラーノの町に到着して、先ずはポータルコアの登録や冒険者ギルドへのメインクエスト報告などを済ませたボクは、まっすぐ生産ギルドにやってきて鍛冶師になった。
元々、鍛冶をメインにして遊びたいと思ってアルステラを始めたというのに、最初にヨセフから受け取った素材だけでは材料が足りなかった。渋々、採掘家になって鉱石を採集してきてなんとかレベルを上げた結果、ボクの鍛冶師レベルは8になったところだ。
「と、いうことはアオイさんの鍛冶師レベルは……」
「さっき、15になりました」
「15……」
アオイの話だと、ギャザラーで条件発生型クエストを受けたということは、恐らく採掘家、採集家、農家、漁師の4職でレベル15を超えているんだろう。更にはクラフターのチェーンクエストも職業が8つあることを考えると、終わらせるのに時間がかかったはずだ。
それでも既にレベル15になっているんだから、経験値が2倍になる冒険者のピアスの力がよくわかる。
これはなんとしてもボクも冒険者のピアスを手に入れなければ……。
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