第28話 インゴットをつくろう

「こんにちは、ヨセフさん」

「おう、嬢ちゃんじゃないか。どうだ、そろそろ鍛冶師をこころざそうって気になったか?」


《ヨセフから鍛冶師ギルドに勧誘されているのです。鍛冶師になるのです?》


「はい、なりたいです」

「おおっ、そうかそうか。じゃあ、嬢ちゃんに初心者向けの道具を一式やろう。それを装備してからもう一度声を掛けてくれるか?」

「わかりました」


 私は自動的にインベントリに入ったビギナーブラックスミスキットをタップして展開した。

 中身は鍛冶に必要な道具――鍛冶用のハンマーが2種類に、ヤットコ、坩堝るつぼ、初心者向けレシピ書などが入っていた。

 初心者が使う最低限の道具として十分じゅうぶんなのか、それとも何か足りないのかまではわからないけど、鍛冶師になるだけでこんなに立派な道具が貰えるなんて思ってもみなかった。


(ナビちゃん、ビギナーブラックスミスキットを装備してくれる?)

《着替えが必要なのです》

(あ、そっかあ)


 ギャザラー系の職業になって農作業や釣り、採集や採掘をする際はビギナーギャザラーセットを着ていた。

 今、私が着ているのはスカウトセット。スカウター専用の装備だから、鍛冶作業をするためにはクラフター系の服に着替える必要があるんだね。


(じゃあ、ビギナークラフターセットSに着替えさせてくれる?)

《はいなのです》


 ナビちゃんの返事と同時に私の服装が変わった。

 黒の長袖シャツにデニムのパンツ、編み上げのワーキングブーツ、革製のグローブ、ツールベルト、黒いバンダナとオレンジ色のエプロンなどのセットだね。

 仕事として使う装備だから、エプロンでさえ装飾がないし、ブーツは爪先つまさきが異様に重い。


(このブーツ、どうしてこんなに重いの?)

《爪先を保護するための鉄板が入っているのです。安全靴と呼ばれるブーツなのですよ》


 確かに、料理中に包丁を足元に落としたり、鍛冶の最中に重い金属の塊を落としたり……そんなトラブルを考えると、爪先は保護されている方がいいよね。

 クラフター系の仕事をするには、便利な服装になっているんだと思う。でも、バンダナはなんというか……可愛くないかも。


 着替えたあとの見た目を客観的に確認するため、ナビちゃんに頼んで試着モードにしてもらい、頭装備を非表示にしてもらった。

 そのうえで、再びナビちゃんにビギナークラフターセットSを装備してもらう。


 うん、これなら違和感ないかも。


「ヨセフさん、準備できました」

「おお、嬢ちゃん。なかなか似合ってるじゃないか」


 ドワーフのヨセフが私を見上げるようにして言った。

 他の種族のプレイヤーならもっと見上げるようにしないといけないから、ギルドマスターも大変だね。


「ありがとうございます」

「いや、本当に似合っているぞ。では、鍛冶の基本を覚えてもらおう。採掘家が採ってくる鉱石には不純物が入っている。先ずは鉱石をそこにある火床ほどを使って精錬し、不純物を取りのぞかなければならん」


 採掘してきたばかりの鉱石はインベントリに入るときに自動的に鑑定されるから銅鉱石だってわかる。でも見た目は光沢のある褐色の石で、銅っぽい色はしていない。


「先ずはこの鉱石を使って、青銅のインゴットを作ってみなさい。必要な材料がなければ、売ってやるぞ」


《鍛冶師クエスト「鍛冶の基礎」が発生したのです。クエストを受けるのですか?》


  クエスト番号:BS-001

  クエスト種別:職業クエスト

  クエスト名:鍛冶の基礎

  発注者:ヨセフ

  報告先:ヨセフ

  内 容:鍛冶師の基礎はインゴット作りにあり。先ずは青銅のイン

      ゴットを作ろう。

  報 酬:経験値100×2 貨幣1000リーネ

      ビギナークラフターボトム


 なるほど、不純物を取り除くために溶かして、鋳型に入れてインゴットを作る。それをまた溶かして鋳型に入れたり、叩いて伸ばしたりしてモノを作るって感じなのかな。

 まあ、クエストだから先ずは経験だね。


「はい、わかりました」


《鍛冶師クエスト「鍛冶の基礎」を受注したのです。

 銅鉱石を10個、亜鉛鉱を5個、錫鉱石を5個手に入れたのです。

 これらの鉱石から青銅のインゴットを作るのですよ》


 とはいえ、ものすごく簡単にクエストを受けちゃったけど、どうすればいいんだろう。

 たしか、ヨセフは「火床を使って精錬し」って言ってたから、火床のところに行けばいいのかな。


 腰にぶら下げたハンマーやらヤットコやらをガチャガチャと鳴らしながら、壁際にずらりと並んでいる火床に向かう。

 既に火床を使って作業しているプレイヤーが何人か並んでいるけど、頭の上には金槌のアイコンが点滅している。


(ナビちゃん、あの点滅しているアイコンはなに?)

《鍛冶作業をしているプレイヤーなのです》


 鍛冶作業をしているときに声をかけられたりすると集中力が途切れるもんね。

 じゃあ、私も他のプレイヤーさんたちと同じように火床の前に行けばいいのかな。


《火床があるのです。鍛冶作業をするのです?》

(うん、精錬するよ)

《何をつくるのです?》


 ナビちゃんが私にたずねると、視界に初心者向けレシピ書が表示された。

 青銅のインゴットの他に、青銅の板、青銅のリングなどがレシピとして並んでいるけど、「作る」ボタンがあるのは銅のインゴットだけみたい。

 青銅のインゴットがそれらの材料になるから、先ずはインゴットを作らないと先に進めないってことかな。


(青銅のインゴットを作るよ)

《はいなのです》


 私の返事と同時に、堅枠いっぱいに押し詰められ土が現れた。小さな穴が開いているのを見ると、そこに溶かした青銅を流し込むようになっているんだろうね。


《材料になる鉱石を坩堝るつぼに入れ、火床ほどに石炭をくべてふいごを動かすと石炭に火がつくのです。高温になると坩堝るつぼの鉱石が溶けるので、鋳型に流し入れるのですよ》

(え、肝心の銅はどれくらいで溶けるの?)

《銅の融点は1085℃なのです》


 と、いうことは……1200℃くらいで坩堝るつぼから鋳型に流し込めばいいのかな。でも、坩堝内の温度はどうやって調べればいいんだろう。


 とりあえず、火床ほどに石炭を入れると、表示されているレシピどおり、銅鉱石を3つ、亜鉛と錫を1つずつ坩堝るつぼに入れてセットする。

 ふいごを動かすレバー部分は低い位置にあるので、私は膝をついてレバーを動かしはじめた。

 最初の一押しで火がつき、坩堝るつぼの温度を示す温度計のようなものが表示される。とはいえ、数字で温度が表示されるわけではなくて、黒から赤、橙、黄、白色までグラデーションで表された帯状のものに、三角形の矢印がついているだけ。

 坩堝るつぼの中で溶けた金属を矢印が示す色になるまで熱し、溶けた鉱石が冷めるまでに鋳型に入れるってことだろうね。


 その後もレバーを押して、引いて、を繰り返していると温度が上がってきて、坩堝るつぼの中身の色が徐々に変わっていく。

 矢印が示す色になってきたところで、鉱石が完全に溶けて混ざったので、私は坩堝るつぼを取り出して鋳型鋳型に流し込んだ。


 ここはゲームの中だから色々と工程や、必要な素材が省略されているんだろうと思うけど、結構本格的だね。





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