第26話 晩餐会の目玉

 これで、S.003で始まるクエストが4つ揃ったね。

 いずれも、調理師ギルドのニケに何かを届けるというもので、最初が「晩餐会の目玉」――漁師ギルドのデニスから100㎏超のブラックバレットを届けるという内容。

 追加のクエストは内容的に順番は関係なくて、農家ギルドで「最高の相棒」、採掘家ギルドで「最高の砥石」、採集家ギルドで「最高の薬味」というクエストがチェーンクエストのように発生するみたい。

 とりあえず、発生条件としては100㎏超のブラックバレットを釣りあげて持っていること、かな。


(ナビちゃん)

《どうしたのです?》

(このギャザラー系の条件発生型クエストって……)


 誰かにこのクエストのことを教えるつもりはないけど、私はナビちゃんに発生条件やその内容について自分なりの意見をまとめて話した。


《詳しいことは言えないのです。でも、100㎏以上のブラックバレットを持っていることは、条件のひとつでしかないのですよ》

(へえ……じゃあ、他にも条件があるってことね)

《そういうことなのです》


 うーん、最初にデニスさんから声掛けされたときの会話を思いだしても、100㎏超のブラックバレットを持っていること……くらいしか思い浮かばないなあ。


 なんだかモヤモヤするけど、いいか。


 とりあえず、ギャザラー系の各マスターからクエストを受けたことだし、私は調理師ギルドのニケのところに向かう。


 採掘ギルドの扉を出て、混みあう生産ギルドの通路を抜けて階段までやってくると、ようやく視界前方に他のプレイヤーが見えなくなった。

 それだけ、ビギナーギャザラーシリーズを一式揃えようというプレイヤーが多いってことだよね。


 階段を上がっていくと、プレイヤーの数が明らかに減った。

 とはいえ、総プレイヤー数が1億を超えているわけだから、クラフター系ギルドが並ぶ2階にもそれなりにプレイヤーがいる。

 調理師ギルドに入ると、ほのかに美味しそうな香りが漂っていた。


「ニケさん、こんにちは」


 相変わらず、ニケは大きなテーブルの向こうに頭の上だけを出していた。

 私の挨拶を聞いて、ニケがこちらへと向き直ったのを頭のつむじが教えてくれた。


「ああ、あんたは確か――アオイさんやったかいな。やっとこさ、調理師になる決心がついたんかいな?」

「いえ、今日はその件じゃなくて、お届け物なんですよ」


 私は大きなテーブルを迂回するように歩いて、ニケのすぐそばにやってくる。

 小さな体躯に栗色の髪。同じ色をした大きな瞳は幼さも感じさせるけど、刻まれた目じりの皺を見ると、それなりに歳を重ねているのがわかる。

 さすがに年齢をたずねるなんてことはしないけどね。


「なんや、また使い走りさせられてるんかいな。ほんで、何を持ってきてくれたん?」

「えっと、先ずはコリーナさんから預かったこれ」

「おおっ、これはまた綺麗な赤茎ワサビやないか。大きさも申し分ない。最高級品やな」


《条件発生型クエスト「最高の薬味」を達成したのです。

 3,000リーネを入手したのです》


「最高の素材やし、コリーナにはもっと礼をせなあかんな」

「ワサビに違いなんてあるんです?」


 ワサビといえば、現実世界だと畑で栽培されているものというイメージが強いけど、コリーナが手に入れてきたってことは天然のものなんだよね。


「ワサビは青茎と赤茎があってな。青茎は繊維質で水っぽい。けど、赤茎は香りや粘りがあって、辛味の奥に甘みもある高級品や。その赤茎でもこないに大きいんは珍しいんや」

「へえ、そうなんだ。あと、ヤンさんから預かっているのがこれです」

「ん、他にもあるんやな」


(ナビちゃん、お願い)

《任せるのですよ》


 テーブルの上に、ドンッという音と共に米俵が現れた。

 手にしたワサビの香りを嗅いでいるニケが驚いて小さく飛び上がった。


「びっくりしたなあ。これは頼んでた米やな」

「ヤンさんが手塩にかけて育てた米なんだと思いますよ」

「せやなあ、粒が大きいし、ちゃんと揃ってる。ええ仕事しよるなあ」


《条件発生型クエスト「最高の相棒」を達成したのです。

 3,000リーネを入手したのです》


「おおきに。こんな大きいもん、持ち運ぶんもたいへんやろうに」

「いえ、全然平気ですよ」


 インベントリに入れて運ぶからね。


「でもなあ、いくらええ米があっても、メインの食材があらへんからなああ」


 米を見ていたときはとても楽しそうにしていたニケだけど、だんだんその表情に翳りがでてきた。


「あと、これも預かってます」

「まだあるんかいな、次は何や?」


 今度は自分でアレンから受け取った最高級の砥石を取り出し、テーブルに置いた。


「これはアレンから預かった砥石です。私が採ってきたものを、アレンさんが成形してくださったんです」

「アオイが採ってきたって!?」


 ニケは慌ててテーブルの砥石を手に取ると、砥石をためめつすがめつ眺めている。

 砥石のほうがニケの頭よりも大きいから、落としそうで心配だよ。


「うーん、えらいキメの細かい砥石やなあ。これで包丁を研いだら、ええ仕事できるわ。おおきにな」


《条件発生型クエスト「最高の砥石」を達成したのです。

 3,000リーネを入手したのです》


「ありがとうございます。でも、なんだか元気がないですね。困ったことでも?」

「ああ、これだけの食材や道具が揃ったところで、肝心の食材があらへんのや」

「最後の食材って、ブラックバレットですか?」


 私の問いに、ニケは肩を落として俯いたまま頷き、諦念のこもったような小さな声で呟く。


「領主様の誕生日を祝う晩餐会の目玉料理があるんやけど、その目玉がブラックバレットやねん。そら、米や赤茎のワサビかて大事だいじやけど、ブラックバレットなかったらあかんねん」

「あ、最後のお届け物がありますよ。デニスさんから届けるように言われたブラックバレットです」

「なんやて、ブラックバレットが手に入ったんかいな!」


 言って、ニケが大きな目を更に大きく見開くと、かすように続ける。


「見して、はよ見して!」

「は、はい。いいですけど……」


(ナビちゃん……)

《はいなのですっ!》


 大きなテーブルの上にブラックバレットが現れる。


「おおおおっ!! ほんまに、やっと……やっと、ブラックバレットが釣れたんやな。半分、諦めかけとったところやで、ほんま……」


 ニケは今にも涙を流しそうな顔で横たわるブラックバレットを愛でるように撫でている。

 鱗で手を怪我しないか心配になるけど、ブラックバレットはマグロの仲間だけあって、ほとんどのうろこが退化していて、背ビレと胸ビレのあたりにしか鱗は残っていないから大丈夫みたいだね。





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