第9話 マッドクラブ

 島に近づくにつれ、海は浅くなり、磯が見えてきた。

 水深は3から5ⅿはあると思うけれど、透明度がとても高くて、小さな魚が群れをなして泳いでいる姿や、岩間から覗き込んでいるちょっと強面な魚、ウニやヒトデなどがいるのも見えた。


 漁師のレベルが上がると、ウニやサザエ、アワビを採ったりできるのかな。


 などと考えていると、岸壁にかなり近づいていた。

 火山活動でつくられた玄武岩かな――が主体の岸壁で、波の浸食で崩れた岩や小石が海岸線を作っている。

 私は、砕けた小石が海岸線近くに溜まった小さな砂利浜にホバーボードを止めて、足を下した。


 なんだか、久々に地面を歩く気がする。


 アングラーさんがいた海辺から考えると、たぶん2時間くらいホバーボードで海の上を浮いていたからね。体にまだ浮遊感みたいなのが残っていて、歩きづらい。


 休憩がてら、近場にあった岸壁の岩、玄武岩の上に腰かけて海の方へと目を向ける。

 一面、真っ青な海と、真っ青な空。時折浮かんでいる白い雲しかない世界は見ていて気持ちがいい。この島を見つける前にずっとホバーボードを海上で走らせていたけど、そのときには感じなかった感覚なんだよね。たぶん、陸地に足を下したことで生まれた安心感のせいだと思う。


《近くにマッドクラブが現れたのです》


 いつものようにナビちゃんの声に連動するようなかたちで索敵スキルの画面が開くと、50ⅿほど離れた磯のほうから魔物が向かってくることを知らせていた。

 手前にある大きな岩のせいでその姿は見えないけど。


(泥ガニ?)

《気の触れた蟹という意味なのですよ》


「へえ……」


 MUDでなくて、MADなんだね。

 やがて大きな岩の上を超えてマッドクラブがその姿を現した。

 確か、世界最大のカニってタカアシガニだったと思うけど、大きさは最大で4ⅿくらいだったかな。でも、このマッドクラブは甲羅の部分だけで3ⅿくらいあると思う。でも、タカアシガニのように脚が長いわけじゃなくて、どちらかというとワタリガニっぽいね。脚を広げても大きさは5ⅿくらいだ。

 カニ歩きをしながら私のほうへと向かってくる。


(認識阻害が効いてない?)

《ホバーボードを追ってきたのですよ》

(なるほどお……)


 私はインベントリから戦狼の牙刀とスチールダガーを取り出し、マッドクラブがやってくるのを構えて待った。

 10mほどの距離になると、マッドクラブは興奮したのか2つの爪を互いに研ぐように擦り合わせては、甲高い音をたてはじめる。


 小波が打ち寄せる海辺の静かな雰囲気が台無しだよね。


(ナビちゃん、スパークをお願い)

《はいなのですっ!》


 青白い閃光が迸り、音速を超えた電撃による乾いた音が響く。


「おおっ、めっちゃ効いてる」


 ピクピクと痙攣しながら泡を吹き、マッドクラブが甲羅を背にひっくり返った。

 海面から出てきたばかりのマッドクラブは海水で濡れているわけで、とても電気の通りがいいからだろうね。


《ひと泡吹かせてやったのです》

「あはは、確かに!」


 私は声をだして笑った。

 言葉の使い方が違う気もするけど、本当に泡を吹いているんだから仕方がないかな。

 今のところ、絶海の孤島ともよべる場所にひとりでいるわけだし、こうして人目を気にせず笑えるのはありがたい。


 とはいえ、まだマッドクラブも死んだわけではないんだよね。


  <鑑定>

  名前:マッドクラブ

  気が触れたかのように爪を振り回し、泡を吐きだしてくる

  カニ型の魔物。磯辺に多く生息している。


 カニの甲羅は硬いけれど、口は腹側にあって周囲は柔らかいことが多い。そして、多くのカニは中心あたりに心臓があるんだよね。


「よっ!」


 私は掛け声を上げてジャンプし、甲羅の中心に向けて戦狼の牙刀を突き立てた。

 マッドクラブは一瞬だけピクリとその巨体を動かし、中心部分からポリゴン化して消えた。


《マッドクラブを倒したのです。

 600リーネを入手したのです。

 冒険者手帳「北湖ダンジョン第三層」マッドクラブが(1/5)になったのです。

 マッドクラブの魔石×1を入手したのです。

 マッドクラブの甲羅×1を入手したのですよ》


 ドロップしたお金がキラーフィッシュよりも少ないところをみると、私のレベルからすると格下なんだろうね。

 甲羅の硬さのほうは、ひっくり返ったマッドクラブの柔らかい腹側に戦狼の牙刀を突き立てたからわからないけど。この大きさなら加工して盾や鎧なんかも作れるんじゃないかな。でも、なんだか匂いが臭そうな気が……。


 ゲーム内で匂いをあまり強く感じないように調整されているとはいえ、少しでも臭そうと思ってしまうと気が萎えるというか、身につけたくはないと思ってしまった。


 このあと、ホバーボードで海に出てマッドクラブを釣ってきては、地上でスパークからのスタン、戦狼の牙刀で突き刺すというのをくり返す。


《マッドクラブを倒したのです。

 600リーネを入手したのです。

 冒険者手帳「北湖ダンジョン第三層」マッドクラブ(5/5)を達成したのです。経験値、20,000を入手したのです。

 冒険者手帳のボーナスポイント、「北湖ダンジョン5種類のMOBを討伐する」を達成したのです。

 経験値ボーナス60,000を入手したのです。

 レベルが上がったのです。レベルが26になったのです。

 マッドクラブの魔石×1を入手したのです。

 マッドクラブの爪×1を入手したのですよ》


 5匹目を倒したところで、冒険者手帳のボーナスポイントのおかげでレベルが上がった。

 北湖ダンジョン第三層のボーナスポイントももらったことだし、この島の火口のほうへ向かうとしましょうか。





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