第6話 タイニークラーケン
アングラーさんの背中が見えなくなると、次第にざわざわと周囲の声が聞こえてきた。
不審に思って周りを見てみると、たくさんのプレイヤーに囲まれていた。
「アオイさんですよね!」
「それ、ホバーボードですか。本当に貰えるんだ」
「すっげえ、ハーフリングかわいいなあ」
「どうしたらそんなに早くレベルがあがるんだい」
…………
それぞれに私に向かって何かを話しかけているのが見てわかるし、聞こえてはいる。でも、何十人、何百人もの人が同時に話しかけてくると、それはもう私には騒音でしかない。
アングラーさんが釣り糸を垂れていた場所なんだから、海はすぐ目の前。
「ごめんなさい!」
自分で出せる最大音量で謝ると、私は再びホバーボードに飛び乗って、勢いよく海上に飛び出した。たくさんプレイヤーがいても、すり抜けられる仕様が本当にありがたいね。
騒がしかった海岸から1分ほど離れると、そこはとても静かで、ただ蒼茫と広がる海の上だった。
私は大きく弧を描くようにホバーボードを操ると、海岸線の方角を視界に捕らえた。
既に私が海上に逃れたこともあって、海岸線にいた人たちの数が減っているように見えた。実際は、手前に表示されている人たちだけが見えていて、その奥に団子状態になって何十倍、何百倍のプレイヤーがいるのだろう。
既に私への興味を失ったのか、皆が同じようにして釣り糸を海に垂れていた。
まあ、ホバーボードがほしいのはよくわかるからね。頑張ってほしい。
《タイニークラーケンがいるのです》
ナビちゃんが突然、私に声を掛けた。すぐに視界の中央に現在地のようなものが表示され、球状に索敵範囲が広がっていく。
やがて、海中25ⅿほどのところに大きな白い影が映ったのが私にも確認できた。
(名前の意味は――小さなクラーケンね。大きさはどのくらい?)
《大きいものだと5ⅿくらいあるのですよ》
(小さくはないよね?)
誰だ、小さくもないのにタイニーだなんて名前をつけたのは。
グッと左足を踏み込んで体重を移動すると、滑るようにホバーボードが動き出した。
すると、わずか前に私がいた場所に、大きなイカの触腕が海中から飛び出した。吸盤に見える部分には、それぞれ鉤状になった爪が二本生えている。捕まえたら絶対に離さない……そう言っているように見えた。
海面が小山のように盛りあがり、中央から特大のイカが現れた。
帽子が邪魔なときにずらすように、この特大のイカも胴体を捻るようにしてずらし、睨みつけるように片目を向けてきた。
(ここまで大きなMOBは初めてかな)
《タイニークラーケンは適正レベル23なのです。格下なのですよ》
(そうかも知れないけどさあ……)
ホバーボードの上だと、足が固定されてしまう。片足を外した状態でも海面に浮いていられるとは思うけれど、バランスをとるのは難しそう。
<鑑定>
名前:タイニークラーケン
最大でも5mていどにしかならない、小さめのクラーケン。
クラーケンとは種類が異なる。逃げるときに黒い墨を吐く。
鑑定しても、弱点まではわからない感じなんだね。
ただ、イカは泳ぐ力そのものは強くないって聞いたことがある。だから、速度そのものは遅いらしいね。あと、大きな胴体には内臓が詰まっているから弱点は胴体かな。
タイニークラーケンが再び海中へと潜った。
再びナビちゃんがスキルの<索敵>を使い、先ほどのタイニークラーケンを探し出した。
どうやら私の背後へとまわりこんで、急襲しようとしているみたいだね。
でも、泳ぐ速度はそんなに速くはない。
私は体重移動をしてホバーボードを急発進させ、海中から突き出されたタイニークラーケンの触腕を、ひらりと
巨大な黒い目が海の中から浮かび上がってくるのが見える。
胴体は弱点だから、自ら胴体を晒すようなことはしないみたいだね。
私はインベントリから戦狼の牙刀を取り出して両手で握り、ギリギリまで腰を落としてタイニークラーケンの胴体に刃を突き立てた。
更に体重をかけて牙刀を刺すと、ホバーボードが加速して、紙でも切るかのように胴体を切り裂いていく。
タイニークラーケンは痛みを感じているのか、その触腕と脚をグネグネと動かしながら墨を吐きだしている。どうやら逃げようとしているみたいだね。
でも、胴体をスッパリと縦に切り裂いたせいか、内臓部分からポリゴンになってタイニークラーケンは消えた。
《タイニークラーケンを倒したのです。
1,200リーネを入手したのです。
冒険者手帳「北湖ダンジョン第3層」タイニークラーケンが(1/5)になったのです。
クラーケンの魔石×1を入手したのです。
クラーケンの墨袋×1を入手したのですよ》
そういえば、北湖ダンジョンの第三層では、ビーチサンドワームとサンドルーパーの二種類としか戦ってこなかったもんね。
あれ、でも……
(ホバードラゴンは魔石をドロップしたよね。魔物じゃないの?)
《ホバードラゴンは魔石を持っているから魔物に属するのです。でも、漁師でしか釣れないので、お魚図鑑に登録されているのです》
(へえ……)
どこか腑に落ちない感じだけど、ギャザラー職でないと採集できない魔物のドロップアイテムもあって、それは冒険者手帳の対象にならないってことなのかな。
まあ、確かに戦闘職で戦えない相手なのなら冒険者手帳で数えるのは確かにおかしいかもね。
とりあえず、冒険者手帳を埋めながら第4層を目指す感じで頑張りますか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます