第5話 兄帰る
常に前方を
最初は風切り音が気になったものの、集中力が上がればそのような些細なことは忘れてしまう。
不規則に並んで生えた5本の木の間をギリギリのところで滑るように抜け、横からうねるように伸びた木の枝の下を潜る。すると、前方には直径3ⅿはあろうかという大木が横たわっていた。残念ながら、その下には小動物でもなければ潜りぬけられない穴しか見当たらない。更に悪いことに、倒木の向こうには、更に三本の大木が並ぶように生えている。
地上30㎝ほどの高さを滑るように進むホバーボードの上で、私は膝をかがめて力いっぱいジャンプする。すると、ホバーボードが地面に反発し、私は一瞬で大木よりも高く舞いあがる。
ホバーボードが大木の上に差し掛かると、私は手を伸ばせば木に触れそうなくらいにまで
私が狙ったのは、3本の木が作る2つの隙間のうち、向かって右側。
中央に生えた木が邪魔で、その向こうに何があるか見通しが効かないのが辛いけれど、見えないなら見えるようにすればいいからね。
右の隙間へと飛びながら、私は膝を屈めて姿勢を整え、視界に映る景色を確認する。先のルートには太い木々は存在しない。
「……ヨッ!」
掛け声とともに、右の木の幹にホバーボードを押し付ける。ホバーボードが反発する力を使って、私は再び進路を強引に戻し、何事もなかったように木々の間を縫うようにして進む。
いや、こんなことができるのもAGIやDEXが高いこと、ホバーボードが自然な姿勢に戻そうとする機能を持っているからだよね。
障害物競走の景品が目的の練習とはいえ、とてもスリリングで楽しくてしようがない。
1周すると約1200ⅿほどあるだろうコースを10周ほどして、私は3層入口の洞窟で休憩をとることにした。
先ほどまで寝ていたとはいえ、まだまだ睡眠不足なところにこの集中力を必要とするホバーボードの訓練。疲れて当然だよね。
服装の方はスカウトセットSの方を着用しているので、認識阻害(弱)が働いている。さっきから誰にも見つかっていない。
逆に、第三層にやってきた人たちが次から次へと洞窟を走り抜け、砂浜の方へと走っていく。
殆どのプレイヤーが虎人族、豹人族を中心とした獣人系の種族と、ヒト、エルフ。相変わらず他種族を見かけることがない。
(億単位のプレイヤーがいるんだから、少しくらいハーフリングやドワーフ、狐人族を選んだ人がいてもいいのになあ。ナビちゃん、そう思わない?)
《今日はハーフリングの数は増えているのです。みんなナツィオの村にいるのですよ》
(へえ、そうなんだ。どうしてだろ……)
《ナビちゃんにもわからないのです》
ナビちゃんにわからないものは、私にわかるわけがないよね。
思った私は、ゆっくりとホバーボードに足を乗せ、再び第3層の洞窟から外に出た。
再び森の中を抜け、岩場側に回り込んである場所を目指した。
遠くからでも見てわかるくらい、人だかりができている。
私はたくさんのプレイヤーがいる中、ホバーボードを停止させてアングラーに話しかけた。
「こんにちは、アングラーさん」
「よう、また釣りに来たのか?」
釣糸を手元のリールでクルクルと巻き取りながらアングラーが返事をした。
また腹を空かせているのではないかと心配になるが、私以上に彼のことを心配して待っている人がいるんだよね。
「違いますよ。リリアさんから
「ん、リリアに会ったのか。可愛いだろう、自慢の妹なんだよ」
そういえば、ここで話をしていたときに妹さんの話をしたんだっけ。
今ごろになって思いだすとか、私も疲れてたんだなあ。
「ええ、とっても可愛らしい女の子でしたよ。1週間もお兄ちゃんが帰ってこないって……すごく心配していましたよ?」
「え、もうそんなに
《クエストNo.17「お兄ちゃんが帰ってこない」が進んだのです。
アンガーの家にいるリリアに報告に行くのです》
糸を巻き上げ終えたアングラーは竿を畳んで仕舞うと、足下に置いていたズタ袋を手にする。
「で、アオイはどうするんだ?」
「私はこれから第4層に行こうかと」
「そうか、初めてだよな?」
私が手に持ったホバーボードを見せて言うと、アングラーさんは
「ええ、初めてです」
「そうか、ホバーボードで行くのならとにかく速度重視で、でも一直線ではなくジグザグに動きながら進むんだ。速度が出ればタイニークラーケンに捕まることはない。でも、キラーフィッシュはタイニークラーケンよりも速い。奴らは自らを槍のようにして突き刺さってくるから、気をつけるんだぞ」
「よくわかりました、ありがとうございます」
「じゃあ、俺はかわいい妹が待っているからな。急いで町に帰るわ」
言うが早いか、アングラーさんは岩場に向けて駆けだしていった。
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