第4話 お兄ちゃんが帰ってこない

 ウォーリーはリリアの頬に顔を擦りつけ、今度は可愛らしい声で鳴いてみせた。その習性を知ったせいか、涙を流しはじめたリリアを慰めようとしているようにみえる。

 そうか、ウォーリーは寂しくて、心配で泣いているリリアを癒すべく、いつもテツコのところから抜け出していたんだね。


《クエスト「ウォーリーを探せ」が進んだのです。テツコに報告に行くのですよ》


 そうだった。ウォーリーを連れて帰ることじゃなくて、何をしているか調べてくるのが依頼内容だったもんね。これで、テツコのところに行って報告できる。でも、目の前のリリアのことも放っておけないね。


 一気に溢れ出したリリアの涙は、1分も経たないうちに止まった。おかげでリリアもなんとか話をするできる状態になったみたい。

 このまま泣かれてたら犬のおまわりさん並みに困ってしまうところだったよ。


「お、お兄ちゃんがダンジョンに入ったまま1週間も帰ってこないの」


 それはたいへんだ。殆どがゴブリンばかりとはいえ、何匹もでてきたらただでは済まないと思う。


「それはたいへんね。お兄ちゃんは、誰かと一緒に入ったの?」

「ううん、いつも一人で入るんだよ。第3層の海で釣りをして生計を立てているの」

「へえ、そうなんだ。じゃあ、強い人なんだね」

「うん、お兄ちゃんは強いよ。でも帰ってこないの……」


 ダンジョン第3層の海なら、第4層に向かう途中で会えるかも知れない。


「お兄ちゃんの特徴があったら教えてくれるかな?」

「うん、わたしと同じ猫人族で身長はお姉ちゃんより大きいよ。名前はアングラーっていうの」

「へえ、アングラーさんね」


 どこかで聞いた名前だなあ……。


《第3層で釣りをしていた猫人族の男なのですよ》

(あ、そうかあ。ありがとう、ナビちゃん)

《ナビちゃんのお仕事なのです》


 いつものようにうれしそうに飛び回るナビちゃんだが、それを横目に私はリリアに話しかける。


「そういえば昨日、ダンジョンの第3層で会った人だね」

「お兄ちゃん、元気だったんですね!」


 うーん、かなりお腹を空かせて機嫌を悪くしていたけど。それは内緒にしとくかな。


「ええ、元気にしてたわよ」

「よかったあ。アオイさん、今から第3層まで行くんですよね。お兄ちゃんに会ったらリリアが帰ってこいって言ってたと言ってもらえますか?」


《サブクエスト「お兄ちゃんが帰ってこない」が発生したのです。クエストを受けるのですか?》


  クエスト番号:017

  クエスト種別:サブクエスト

  クエスト名:お兄ちゃんが帰ってこない

  発注者:リリア

  報告先:リリア

  内 容:リリアの兄、アングラーが第3層に入ったまま帰ってこない

      らしい。兄のアングラーを探して帰るように伝えよう

  報 酬:経験値5,000×2 貨幣5000リーネ 魔力回復薬(小)


「はい、いいですよ」


《クエスト「お兄ちゃんが帰ってこない」を受注したのです。ダンジョン第3層にいるアングラーに会い、妹のリリアが帰ってくるように言っていることを伝えるのです》


 これでグラーノの町で受けられるクエストは全部受けたことになるのかな。そうだといいんだけどなあ。


「ありがとうございます。私たちの家は西の市場の近くにありますので、報告にいらしてください」

「西の市場近くってことは、アンガーさんの家の近くかな?」

「アンガーは私たちの父です」

「え……そ、そうなんだ。家はわかったから、あとで報告に行くね」


 職業漁師で、食べるのはドードの肉。いつ行っても家にいるあのアンガーって人が親とは……たいへんだなあ。


 私はリリアに手を振って、フロアポートに手を振れた。

 魔力が身体から吸い取られ、目指していた第3層のフロアポート前に転移した。

 さて、ここからはコレの出番だよね。


 私はインベントリからホバーボードを取り出すと、早速装着を済ませた。


《こんなところからホバーボードに乗るのです?》


 ナビちゃんの疑問も理解できる。第3層は大部分を海が占めていて、陸の一部に森がある。その森の中に第3層の入口である洞窟部分があるんだよね。つまり、障害物が少ない海辺ではなくて、障害物だらけの森の中をホバーボードで進まないといけない。


(だって、今度のイベントでホバーボードでの障害物競争があるっていうからさ。少し練習をしておこうと思って)

《なるほどなのです!》


 ナビちゃんと話を済ませると、私はホバーボードにのって洞窟の外へと向かう。

 さっきまで私の装備の効果で私を感知できていなかった人たちも、さすがにホバーボードにのって移動している私に気がついた。

 おや、わたしと同じ格好だけど色違いの装備をしている人がいる。たぶん、普通のスカウトセットなんだろうね。


 でも、ここでホバーボードの練習をしていると、私が障害物競走で一位を狙ってることがバレちゃうかなあ。でも、他に練習するところって思い浮かばないんだよね。グラーノ森林地帯は人の手が入っているのか、整然と木々が並んでいるし、静寂の森は薄暗くていきなりは難しい。


 やはり、障害物競走に向けて少しでも早くから練習できるなら、やっておきたい。

 私もグラーノ森林地帯に向かうときしかホバーボードを使っていないんだもん。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る