第3章 鍛冶師編

第1話 イベント告知

 いやあ、連休中とはいえ、睡眠時間を極端に削って遊んでいたせいか、久々にすっごく眠った気がする。だって、夢さえ見なかったもん。

 私は生まれたときからの全盲だから、夢は見ないんじゃないかなって思われるかも知れないけど、寝ている間に夢を見るんだよ。

 小さい頃にみた夢は、夢を見るんだけど何も見えていなかった。たとえば、走ったり、転んだり、足下にあるボールを蹴ったり、誰かとお話をしたり、童話を読み上げてもらったり……そんな感覚が夢の中で再現されるという感じの夢だったんだよね。

 それが、XRDを使うようになって、脳内に直接映像が見えるようになってからは少しずつ世界が変わっていった。

 最初は小さな光から始まって、その光が大きくなって実家に住む両親の顔が見えて、学校のクラスメイトの顔が見えて、春に見た桜の花や藤の花、夏に見た広大な海の景色、映画館でみた迫力満点の映像……そういったものが少しずつ解放された感じかな。たぶん、アルステラもしばらくプレイしていれば夢の中に出てくるんじゃないかな。

 とりあえず、今のところいちばんよく登場するのはバーチャルオフィスなんだけどね……ざんねん。


 ぐっすりと眠って、バキバキになった体を解すように軽くストレッチを済ませたら、私はXRDとスピンバイクを連動させて運動を始めた。今日は、一周すると約100㎞ある淡路島のコース。サンセットビーチと呼ばれる西海岸沿いをARの自転車が走っている。


「す、ごい、なあ……」


 瀬戸内海に沈む夕日を左に見ながら登り坂を漕いでいると、現実にもこんなに美しい景色を見られる場所があることに感心した。

 でも、坂道が続いているから、VRゲームとは違って息切れするし、汗びっしょり。


 今日は40分、約16㎞ほど走った。

 床に飛び散った自分の汗をタオルで拭き終えると、機械的な音声が聞こえた。


《メッセージを受信しました。確認しますか?》

「おう、いえす」


 運動直後の少し変わったテンションで私はXRDのシステム音声へと返事をした。

 とはいえ、XRDの方は通常運転だね。まあ、普通のAIなんてこんなものなんだよ。ナビちゃんがかなり優秀なだけだと思う。なにしろ、最新の量子コンピュータを使っているらしいからね。


「できれば現実世界の方でもナビちゃんが相手してくれたいいのになあ」と、つぶやくとメッセージの再生が始まった。


《CONNECT社からメッセージが届いています。件名、登録者数1億人突破記念イベントのお知らせ》


「コマンド、メッセージボックス」


 例によってこめかみに手をあてて口に出すと、AR機能を用いてメッセージボックスの中身が一覧表示される。


「えっと……これかな?」


 指を伸ばしてタップすると一枚の手紙がひらりと飛び出してきて、目の前に広がった。


  *


 件名:登録者数一億人突破記念イベントのお知らせ

 送信元:アルステラ運営チーム


 水無瀬 日葵ひまり 様

 平素は、当社ゲームソフト「アルステラ――優渥なるアポストル」をご利用くださり、誠にありがとうございます。

 日本時間の4月28日(木)21時から開始した当サービスは、僅か2日で登録者数が1億人を突破いたしました。

 これを記念し、以下の日程にて記念イベントを開催することとなりました。ふるってご参加ください。


 日時:5月7日(土)21時から5月15日(日)21時まで

 場所:アルステラ内特設エリア

 詳細:こちらをご覧ください


  *


 最後に書かれた案内に従い、詳細を指先でタップすると動画が再生された。今回のイベントを紹介する動画だ。


 1億人を超えるプレイヤーが参加できるイベントとなると、どんなものになるか興味が出てきた。


 ゲームのオープニング曲を背景にタイトルが表示されると、ナビちゃんそっくりな機械精霊がでてきて、自己紹介をはじめた。最初はうすく黄色がかった光を放つ妖精だ。


『こんにちは、私はルクシア。アルステラの光の妖精よ』

『うちはイグニスちゅうねん。火の妖精やで』

『わたしはアクオス。水の妖精です』

『オレはソロイアだ。土を司っている』

『おいらは風の妖精、ヴェンタス』

『ボクはグラシィ。氷の妖精』

『我は闇のテネブだ』


 それぞれの特性に応じた色をしているので、水と氷の妖精以外は違いがわかりやすい。アクオスは表面が透き通った水色、グラシィは逆に白くくすんだ水色をしている。

 話しかたもバリエーションがあって、面白いね。特に、グラシィなんてボクっ娘だし、テネブなんて中二病感を漂わせているからね。


『代表して私がお話をします』


 と、前に出てきたのはルクシアだ。色の性質が淡い金色に見えるからか、とても上品に見える。

 妖精たちから話された内容はシンプルなモノで、1週間の間に日替わりで開催されるイベントに参加して、参加賞を貰おうというもの。

 例えば、風の精霊ヴェンタスは旅も司っているから、ヒントをベースに3つの写真を撮ってくるというものだし、闇のテネブのイベントは夜の間に咲く花を指定数集めるというクエストが用意されている。

 全種類のクエストに参加すれば、参加賞としてコインがもらえる。コイン5枚で交換できるアイテム、3枚、1枚と交換できるものが用意されているらしい。

 また、クエストの成績が良ければ余分にコインがもらえるので、10枚で交換できるアイテムなんかも用意されていた。

 中でも、ルクシアスキンがもらえるイベント、ホバーボード障害物競走の優勝商品がすごい。まず、ゲーム内で機械精霊を具現化できる。つまり、ペットのように連れ歩くことができる機能がつくんだよ。それに、XRDの機械ボイスをルクシアか自分の機械精霊の声にできる機能がついてるんだって! ちょうど欲しいと思っていた機能だからすごく欲しいよね。


 よしっ、参加賞はもちろんだけど、ルクシアスキンは絶対に手に入れてやるっぞっ!






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る